エアポケットと自転車
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- 今日はどうぞ、よろしくお願いします。辻さんは最近はいかがでしょうか?
- 辻
- 最近は、自転車を漕いでいるような感じですね。何かをしないと落ち着かないという感覚があります。でも時々、「こんな事をして大丈夫かな」と思い込んでしまうような。エアポケットのように。
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- 自転車。
- 辻
- 僕自身が自転車が好きなのもあって。高畑勲さんだと思うんですけど、「自転車は風景を楽しむのに最適な乗り物」だとどこかで言ってたんですよ。僕が思うに、自転車は漕ぎ続けないと倒れてしまう乗り物で、その代わりに小回りが効く。
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- いつか車に乗り換えたいと思いますか?
- 辻
- 車だと、道筋を辿って目的地に行く事が主体で、自転車のように風景を風景の中で楽しむ事は難しいんじゃないかなと。僕は、当分自転車に乗っていると思います。
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- なるほど。
- 辻
- 普段のバイトに加えて、空いている時間にNPO法人寺子屋共育轍-わだち-というNPOで、ReActionという、演劇に触れた事のない人にも演劇の楽しさを還元するワークショップ(以後、WSと表記)をしたり、京都学生演劇祭 の実行委員会でも企画づくりのWSをしたりしています。
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- なるほど。
- 辻
- あとは、僕は立命館大学の劇団月光斜にいたんですけど、たまにそこでWSをしたりしています。演技のやり方を一緒に考えていったり、自分自身の演技について考えてもらったり。
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- 演劇WS活動で、面白い事はなんですか?
- 辻
- 何点かあるんですが、自分が考えている事が伝わったという実感があると嬉しいですね。それと、自分が新しい視点を提供してあげられたと感じた時。僕自身にも「こういう伝え方があるんだ」と発見していく時もあるんです。終わった後の講師のミーティング(Re:Action)で、そうした気付きを発見出来るんです。参加者も講師も、価値観が色々あって、みんな違ってみんな面白い。
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- 価値観そのものが様々に違う事をリアルタイムに感じる体験と言えるのかもしれませんね。
- 辻
- そうですね。価値観をすり合わせていく過程と、つながって結果に結びつく瞬間があると面白いんです。
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- すり合わせる。しかし、ある意味ではとても難しそうですね。個人的な体験から言うと、その、自意識が邪魔しそうで。
- 辻
- そういう人をときほぐしていく喋りだったり、「いてもいいんだよ」という空気をいかに作ってあげられるか。それは僕ら講師の課題です。「いていいんだよ」というのは上から目線で、「一緒に楽しみましょ」というスタンスを取るようにしています。
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- そうした空間が受け入れられない人は、一生足が向かなさそうですね。
- 辻
- 最初は戸惑うかもしれませんが、でも、一度慣れてしまえば。水と一緒で。WSを始める前には、お互いにほぐれているという認識を共有するために、めっちゃどうでもいい話をするんですよ。初心者向けの演劇WSとなると、みんな経験がないので、「言われた通りにしよう」となってガチガチなんですね。みんな一緒だよ、という認識を共有して、同じ空気の中に入ってきてほしい。それが大事です。
京都学生演劇祭
学生の街、京都。ここには多くの学生劇団が存在し、日々活動しています。しかし、それぞれの劇団間の交わりは少なく、この地の特徴を生かせないでいるのが特徴です。私たちは、この状況を何とかしたい。互いに触れ合い、競い合うことで互いに成長したい。京都の学生演劇、ひいては京都演劇界を活性化させたい。この演劇祭は、そんな思いのもとに生まれました。京都学生演劇の「今」、そして「これから」を見守ってください。京都演劇界の未来が、ここに集います。(公式サイトより)
水平方向を探る
- 辻
- 最近、俳優には二つの方向の仕事があるなと思っているんです。
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- というと。
- 辻
- 一つは、上を目指す事=「上手になる、売れる。」もう一つは、演劇の土壌を広げてあげる事なんじゃないか。僕は圧倒的に後者ですね。基礎のコミュニケーションゲームとか、そこから演劇にはこういう要素があるよねとか、台詞を格好良く言える事の前に、演じてコミュニケーションする価値があるよねと。この前の京都学生演劇祭の時は、毎日のように基礎練習を交えて、いろんなコミニュケーション、もしくは演劇WSをやっていました。
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- その「水平方向」。どのような経緯で演劇WSに取り入れられるようになったのでしょうか。
- 辻
- 「上を目指す」ためのWSだったら、僕よりももっと上の人たちがいるんですよ。でもそれをやろうと思ったら、辛く恥ずかしい訓練をしないといけない。自分を曝け出したり。僕は正直、それが嫌なんですよ。自分もやった事はあるのですが。
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- それよりは、水平の土壌方向。
- 辻
- 広げるという意味ですが、別に演劇の観客をもっともっと増やしたいという事ではないんです。お芝居に興味のない方がWSに参加してみて、「ああ面白いんだ。でも観ないけど・・・」これで充分だと思うんです。演劇というジャンル、カテゴリに拘る必要はないと思うんですよ。
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- おお。
- 辻
- 僕も野球は好きですけど、毎日は見ませんし、ましてやプレイもしない。参加者のアンテナに触れて、そこから個人の中で発展していくのが土壌を広げるという事だと思うんです。僕の演劇WSは、集団による作品作りをしますが、それを通して、会話の基礎であるとか、誰も指摘してくれない見方であるとかを提供する場でありたいと思っています。もちろん、演劇が面白いと思ってくれるきっかけになってくれれば最高ですね。
この前の京都学生演劇祭
辻さんは第2回京都学生演劇祭で、劇団月光斜参加作品「Celebration」では作・演出を務めた。
不親切グラフ
- 辻
- 他にも色々なWSを展開していきたいんですよ。
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- 例えば。
- 辻
- ソーシャルであるとか、町づくりであるとか、そうした方向です。テーマはまちまちで演劇とはあまり関係ないんですけどね、そこでもやっぱり、コミュニケーションってWSには重要な要素なんだなと考えさせられます。日本人の会議って、喋る人と黙る人に二極化するんですよね。
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- そうですね。
- 辻
- 言わない人の話をどうやって引き出すかを意識します。それは個人の特性であると片付けるのはカンタンなんですが、その上で、どうやって聞こえるようにするかが重要なんじゃないか。
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- うーん、私は黙ってしまう方ですね。会議の性格によっては、私も喋りますけど。
- 辻
- 話合う前に、この会議の方向性や、どういう事が課題として残っているのか。を見えるようにしたら。講師としての課題は、結論へ持っていく道筋やポイントの置き方。もっと言えばそのバランスですね。僕は、WSを受けに来た人たちに白地図だけ渡して「好きな進み方をしてみてください」という事はしたくないです。不親切グラフというものがあるんですが。
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- ある程度までしか案内しない?
- 辻
- そうですね、考えが発展しやすいように、もしかしたら目的と逸れてしまうかもしれませんが、色んな考えが道すがらにあって、オリジナルな結論が(あわよくば意図していた結論に近い)生み出されたらいいですね。
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- なるほど。
- 辻
- 演劇もそれと似ているように思うんです。演出の操り人形であるうちは、その俳優の芝居は面白くない。役者が自分の考えた演技を稽古場に持ってきて、「あ、それ面白いじゃん」って笑ってくれる瞬間が、やっぱり一番気持ちいいと思うんですね。初めての子ならなおさら。WSって、それが簡易に短時間で出来る場なんじゃないか。皆が笑い合う、それでやったーと思う、そういう承認しあう空間が作れるんだと思っています。
キャンプファイヤーWS
- 辻
- WSの理想的な状態を表した図というのがあるんですよ。こちらです。火が真ん中にあって、それを囲む人々がいます。それは、全員が一つの価値観を共有していて、同時に自分自身のバックも持っている。目の前のひとつの価値と、個人の価値観がバランスよく存在している。個人の価値観はそれぞれにあった上で、同時に何か違ったものを構成しあうというのがWSの理想で、演劇ってこれだと思うんですね。
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- これは分かりやすい。確かに演劇もこういうふうに、価値観を巡る生のコミュニケーションと言えるかもしれない。それは上演中でも、稽古でも関係なく。
- 辻
- いや、本の引用なんですけどね。演劇って生だから、稽古ももちろん生で作る必要があると思っています。役者が失敗してもそれを取り入れて進む事もあるし、スタッフさんからの指摘もある。すり合わせて作る過程に、僕はより、演劇らしさを感じます。
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- 一つの価値観を共有した瞬間。それはきっと、参加者全員が、それを明確に感覚している状態なんだと思うんです。短い時間で結果を出す、キャンプファイヤーWSというのは理想的な体験ですね。そして私は、そうした体験が直接生活の糧になるとまでは思っていません。ただし、考える材料にはなる。
- 辻
- 仰るとおりで、例えば僕の出したアドバイスとかが守られなくてもいいんですよね。昔は「上手くいかないなあ」と思ったり、口に出したりしてしまったんですが。結局は、参加者の体験になって、生きる上で役に立つ材料になってくれればいいんですよ。
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- 参加者にとっては、実生活とは切り離された箱庭での体験ですからね。もしかしたら、それは幼児体験に近いものになるかもしれない。何故なら、純粋に人との関係性を体験するから。そして、日常生活からは年齢と共にそうした機会が無くなっていく。
- 辻
- ええ。
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- さらに、ネットのインフラが発達しまくって、コミュニケーションの主な手段がメディア越しになってしまったら?
- 辻
- 今はそこら中に自己発信が出来る機会がありますしね。ナマでの表現(つまり演劇も含まれますね)というものの価値観が、どのように変わっていくか。もしかしたら、僕らのやっていることは危ないのかもしれません。食いっぱぐれるという意味で。でも、そういう現状を理解した上で何とかしようという人たちもいるんですね。これだけコミュニケーションという言葉が叫ばれているのも、そうした流れへのカウンターだと思うんです。WSという短い時間の中で、共同体験が持てるというのは意義があると思っています。
質問 藤原 ちからさんから 辻 悠介さんへ
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- 前回インタビューさせて頂きました、藤原ちからさんから質問です。「一人になりたい時にはどこにいますか?」
- 辻
- あー、無いかなあ。寂しがり屋なので。誰かと一緒にいたいですね。本当に一人でぼーっとしている時間は不安ですね。どちらでもいいんですけどね。
本当は恐ろしいWS
- 辻
- あと、要約力のWSというものをやろうと考えてます。まとめる力って必要なんですよね。完結に自分を出すという。自分を構成する要素をフリップで出すというね。「もう一度受けたい国語の授業」っていうWSを一度やりたいです。学校教育ではやらないんですよ、要約って。
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- そうした教育系だけではなく、WSって、地頭の良さと表現力がすごく必要とされると思うんです。自己表現を磨こうと思ったら、なおの事。その辺はどうでしょう。
- 辻
- それは僕も注意しています。最初に「あ、面白くなくていいですよ〜」って。演劇のWSも、目立ちたい子に「笑い取る必要ないからね」。って。
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- そういう場ではない。価値観を確認しあう場所であるから。
- 辻
- はい。今日は様々なWSがあるという事を紹介したんですが、それぞれ色んな視点があるんですよね。それらがカテゴリを越えて色んな気づきをもたらしてくれていて、とても勉強になるんです。
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- 垣根を越えて、新しいアイデアを作っていく。
- 辻
- それが理想ですね。
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- 上手くいけばいいですね。一方、きっと、参加者に悪影響を与えるWSもあるはず。
- 辻
- それ、一度やってみようと思っています。
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- おお。
- 辻
- 本当は恐ろしいWS。
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- 面白い。
- 辻
- いわゆる信頼のワークを繰り返して、そこで僕がある言葉を与えたらそれを信じこむ参加者が出てきてしまう。自分で考える力を削いでいくという事に近いです。そう考えてみると、WSって、本当は恐ろしいんですよ。
ライフスタイル
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- 今後、どんな感じで攻めていかれますか?
- 辻
- 今のライフスタイルは気に入っています。昼は仕事して、WS活動を行なって。それが維持出来ればいいなと思っています。
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- 頑張って下さい。
烹菓のクッキー
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- 今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントを持っていまいりました。どうぞ。
- 辻
- クッキーですか。へー、かわいい。