画家の生
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- 今日は、2013年7月7日~19日にNEW OSAKA HOTEL心斎橋で個展「vita-rhythm」 を開催中のアーティスト、silsilさんにお話を伺います。実は10年ぐらい前から私と知り合いなんですよね。どうぞ、よろしくお願い致します。最近、silsilさんはどんな感じでしょうか。
- silsil
- そうですね、ここ一年ぐらい前からライブペイントの活動が活性化してきていて。絵の製作以外にもライブアートという形で色んな場所に出させてもらっています。去年も年間で2~30本程行っています。
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- それは凄い。ひと月に2回強もライブペイントを。
- silsil
- 月に一本以上は、何かのイベントに出させてもらいました。絵を展示して販売してという絵描きから、アーティストという形態になってきているのかなと。
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- 私も6月に拝見 しましたが、大変良かったです。私はてっきり、バンド全ての演奏が終わって一つの絵が完成するものだと思っていたんですが、そうじゃないんですね。一つ一つのバンドの出番が終わって、それを区切りとして一つの絵が完成していて、最後に、経過の全てを結んだ絵が現れる。それが凄く新鮮でした。最初は蓮の花があって、女性の姿が現れつつあって・・・。
- silsil
- ありがとうございます。
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- ライブペイントについてはまた後ほど伺うとして、お仕事以外のプライベートとしてはいかがでしょうか。
- silsil
- いま、生活という感じは一切なくって。絵ばっかり描いてるんですよ。個展があったりイベントがあったりで、プライベートと言えるような時間はないんですね。もちろん遊びに行ったりはするんですけど、絵関係での繋がりだとか、ご飯行ったり飲みに行ったりの全てが絵に集約されるカンジです。旅行でも何でも。
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- それは完全に画家の生活ですね。
- silsil
- こういう生活に憧れていたので。だから、部屋にはテレビも無いんですよ。
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- 社会と切り離されている?
- silsil
- そうそう、だから、世論と自分の考え方が明らかに食い違う時があるんです。それが面白い時もあります(笑う)。
silsil exhibition「vita-rhythm」(バイタリズム)
開催時期:2013/7/7〜19。会場:NEW OSAKA HOTEL心斎橋。
silsil LIVE PAINT SHOW
開催時期:2013/6/16。会場:kiten2。
秘密が薫るとき
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- 本日、女性を重大なモチーフとして描くsilsilさんにインタビューするにあたって。もう一度、私個人が抱く男女それぞれが持つ原理についての認識をまとめました。いわく「女性とは世界を出来れば全て手に入れたいという志向を持っており、男性は世界の頂点を目指す」という。こういう捉え方はいかにもステロタイプで、同権主義者としてはあまり良くないんですが。ただ、silsilさんの絵を見るにつけ、この認識にもそれなりに言い分はありそうだなと。例えば絵の一部を切り出してみても、複雑な水玉が混乱を起こさず配置されていて、それらは猥雑で複雑だけど、全体を構成するべく整った混乱を見せている。水玉の一つ一つ全てが「私の世界を何度も解釈して捉えてほしい」と言っているように思えて、それはこの世の女性全てを代弁するかのようです。ええと、まず、いま何故この描き方になっているのでしょうか。
- silsil
- 元々女性を描いていたんですが、女性の魅力を探すにつれ、どんな可愛くない子でも一瞬惹き込まれる瞬間があるんですよ。その一瞬というのは、私にとっては色気。それはただエロいという事ではなくて、何かが薫る瞬間が、どんな女の子にもあるんですよ。それを捉えたい。美しい子にも、一瞬怖い・悲しそうな瞬間がある。でもネガティブとされるそれらもまた美しかったり。そうした一瞬を描くために、技法として何層も何層も重ねているんですね。その都度、週毎くらいで顔が変わっていくんです。私以外には工程を見る方はいないんですが。
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- えっ、顔が変わっていく。
- silsil
- そうなんですよ。哀しそうな顔にも見える時もあれば、何も考えてなさそうな日もあって、どこか怒っているような瞬間もあるんです。描き方としては、始めにあぶりだしで焦げを作るんですが・・・
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- あぶり出し。
- silsil
- そうなんです。下書きに一回、レモンのインクを塗って焙っているんです。もちろん自然のものなので計画的にはいかないんですが、そうする事によって計画的ではないものがベースになる。その上に何層も女の子の像を重ねて、最後の水玉(途中にも入りますが)。これは感情の表現として描いています。自分にとって魅力的な女性の描き方を追求していったら、こういう技法になった、という感じですね。
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- 何層も重ねるという事は、上に描き直すという事でしょうか?
- silsil
- この作品であれば、薄い赤の作品があって、紫の作品、最後に赤の作品。目の印象もそれによって違ったりします。目って、少し違うだけで全然違う印象になるんですよ。細かい上がり下がり、大きさ、それらがちょっとずつ変化していくとこれになる、みたいな。
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- 何だか、ちょっと納得出来ます。実は2年位まえか、中津で個展をされた時ありましたよね。あの時2回くらいお邪魔して、どちらも40分くらい居たんですけど。
- silsil
- ええ。
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- あの時、実はしんどかったんです。絵の情報量が多くて。今回の作品はもっとそう。一つの絵を読み下すのにこんなに時間が掛かる。単純な表情じゃないという事もあるし、物理的に色々な顔が重なっているから。
- silsil
- それと、最近の描き方として、目に光を入れないというのがあります。目に明らかなる方向性や意思を持たせない事にしています。一瞬を一つに限っていないので、光が射さないというか。それが傍から見ると魅力的な目に見えるのかも。嬉しそうにも見えるし悲しそうにも見える、微妙な所を描きたいと思っています。
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- 目に光がない?それはもしかして、こっちと目を合わせていない状態かも。
- silsil
- 何かを考えながらどこかを見ていると、光が焦点を結んでいるんです。そうじゃない、目には光がなくて、だから焦点が明確でなくて。場合によっては鑑賞している人と目があっているし、全然違う方角かもしれないし。逆にそれは、この絵が生きている、のかもしれない。目が入って生きている瞬間じゃないけど、そのようなイメージが出るように、明らかな方向性がない状態を描きたい。
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- 一瞬が重なりまくってる訳ですよね。そこに、ある種の時間の凝縮を感じます。その瞬間に生きている彼女に立ち会っている自分を自覚した時に、強い実感を覚えます。つまり、鑑賞者は、一つの絵に重なって宿った表情の輻輳に立ち会うんですね。そのうち、「この謎の表情をした女は何だろう。自分の周りに居た人物だろうか?」と戸惑うかもしれない。その戸惑いがsilsilさんの作品なのではないかと思うんです。
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- silsilさんは女性をモチーフにすることが圧倒的に多いですが、どうしてでしょうか。
- silsil
- 女性がキレイだなと思うのが大前提なんですが、二つ以上の感情が重なってる感じがするんですよ、女性って。真逆の衝動が同時に起きて、重なる瞬間が凄く楽しいです。無限に可能性があるんです。
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- 絵を描き始めた時から、そうした認識はありましたか?
- silsil
- 当初はとにかく可愛い女の子を描きたくて描いてました。男性も描いてましたが、じきに女性だけを描くようになって、ご覧の通り今は女性の表情にフューチャーされていっています。女性の全身像も多かったんですけど、顔に何かがあるな、って寄ってってるんですね。
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- 顔に?
- silsil
- そうですね。レンズの焦点が合っていくように。
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- 昔はパステル的な絵具の使い方が多かったですね。あの時代も、とてもキレイな具合に滲んでいました。
- silsil
- 今は飛沫のようになっています。インクの使い方は変わっていっています。カラーインクで描いていたんですけど、長期間保存すると色が退色していくんですよ。なので、出来るだけ長期間保存に耐えるアクリル絵具に切り替えました。その頃から、飛沫であったり水玉であったりの表現が増えていきましたね。
質問 小林由実さんから silsilさんへ
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- 前回インタビューさせて頂いた、小林由実さんから質問を頂いて来ております。「若さと健康と美容の秘訣を教えて下さい。」
- silsil
- 若さ。何も意識しない事ですね。健康は自分に結構備わっているから何もないんですが(丈夫なんですよ。自分が疲れないので他人に自分と同じぐらいタフなスケジュールを求めたりとか、迷惑を掛けてしまう事もあるぐらい)、美容は、自分がキレイだと思うものを食べたり着たり。
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- キレイだと思う食べ物?色合いとか盛り付けとかですか。
- silsil
- ドッグフードみたいにどさっと盛りつけられたものって毎日は食べられないじゃないですか。でも、ドッグフードでもキレイに盛りつけられていると美味しそうだなと思うんじゃないかと。そういう風にして食べれば、キレイなものを食べてるなと思うので。見た目が全てですね。
ループ
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- silsilさんが絵を描き始めたのはどのような経緯があるのでしょうか。
- silsil
- 物心付いた時から描いていました。が、姉も描いていて賞も取ったりして、ずっと日陰の身でした。一向に褒められないけど、好きだから描いていました。
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- ずっと続けていたんですね。
- silsil
- そうですね。高校では、全部の教科のノートに自分の絵や写真を切って貼ってしていました。こういう仕事をグラフィックデザインと呼ぶんだと知って、それで専門学校のグラフィックデザインコースに入学しました。入った後に、イラストを使うような授業があって。どの素材も気に入らなくて、自分でまた描き始めました。
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- その時に私と会ったんですかね。どこの大学でしたっけ・・・。
- silsil
- 甲南女子大の学園祭でしたね。どんな人でも可愛い女の子になるヘンな似顔絵師をしてました(笑う)。おばあちゃんが来ても可愛い女の子になりますけど、いいですか?って。
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- それは素晴らしいですね。似顔絵師なのに、自分の表現を曲げない。
- silsil
- まあ、そう見えるので。ゴリゴリした男の人がきても、可愛い方がええなと思って女の子を描いてました。
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- おばあちゃんが来ても可愛い女の子が出てくるというのがいいですね。
- silsil
- もう一度やりたいですね。あれはお小遣い稼ぎでやってました。「料金はお気持ちだけ下さい」って。露店をやってから色んな出会いがありました。本当に。クラブイベントに出演させてもらって、その先で個展に呼ばれて、またその先で・・・そういうループで今の活動のベースは出来ているので。ストリートで絵を描いていたその時間は大事だったと思いますね。
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- しかも、ムーンビームマシンのイベントにも出て。
- silsil
- はい。ライブペイントを見に来ていらして、そこでお話が膨らんでいって。ムーンビームマシンの方々って、エンターテイメントに真っ直ぐなんですよね。舞台って凄く大変ですよね!みんな、何でこんなのやってるの、ってくらい大変でした。私なんて、そんなに演技はないので大変ではないはずなんですが・・・
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- そうですよね。
- silsil
- すごく練習するじゃないですか。毎週2、3日の練習を2・3ヶ月して、公演は2~3日、一瞬で終わってしまうのに。
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- 壮大なムダに見えるでしょうね。でも、それは傑作を生み出す為に仕方ない事だと思っています。画家の方にとっても同じかもしれませんが、傑作って皆、それと分かるじゃないですか。見たら。
- silsil
- 確かに。
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- その傑作なんて、いつでも作れる訳じゃないし、どんな条件が揃っていてもまだ足りない。俳優個人の力とか意識とか存在がこの世に具現化していて、しかも観客がその意味を分かっていないと成立しないし。そんな時には、舞台と観客の間にとても濃い応酬があるんです。
- silsil
- 確かに。私も舞台に出させて貰った時に物凄い感動がありましたね。みんなで一個のものを作って表現して。舞台に立つ興奮が、それまでの辛さを全て消し去るという。あれはビックリしましたね。ものすごい快感もあって・・・
チーク
- silsil
- この作品、角度によって表情が変わるんですよ。
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- 輪郭も無いですしね。
- silsil
- 不思議なもので、離れるとエッジが見えるという人もいますね。
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- チークが年々濃くなっていく気がしますが、いかがでしょうか。
- silsil
- そうですね、気持ちがここに集中してるからかもしれないですね。目のあたりに。
一つの絵
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- いつか、どんな絵が描きたいですか?
- silsil
- みんなが飲み込まれる絵が描きたいです。でも、意見が分かれると思うんですよ。私が良いと思う絵と、お客様が良いと思う絵は違う。ただ、同じ人間なので共通する部分はあると思うんですよ。描いた作品で、全員の心が一つに飲み込まれればすごく楽しいと思いますね。
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- それは、私の言葉で言うと傑作と言えるかもしれません。
- silsil
- そうですね。
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- 全ての人間はバラバラである。しかし、人間には普遍的なテーマがある。それを、silsilさんという画家が描く。
- silsil
- それが夢なんですね。一緒の部分があって、そこに引き込まれるんです。どの部分がどの方向でもいいんですけど、一つに引き込まれればいいな。
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- 例えば。
- silsil
- この絵にしたって、悲しいと思って・好き、という人と嬉しいと思って・好きという人がいる。バラバラなんですが、悲しくても嬉しくてもネガティブでもポジティブでもどちらでもいいので、この一つの絵に見ている人の感覚全部が集中するような感じでしょうか。
回帰
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- 今後、どんな感じで攻めていかれますか?
- silsil
- 攻める・・・(笑う)今、アーティストって少ないと思うんですよ。こじんまり、小奇麗にしないといけないような世の中になっていると思うんですよ。オシャレにしないといけない、みたいな。
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- なってますね。気を遣い合うのが普通みたいな。
- silsil
- 何か、誰かの意見やアドバイスのままに作品をつくったり、お客さんが欲しいというものばかりを用意したりであるとか。もちろんお客さんに感謝するのは前提ですけど。でも、「じゃない」ものを提案したって、そこに「感じる」ものがあれば皆がノってきれくれると思ってるんです。自分の思う「これが良い」と思うものを大きなスケールでやれれば良いですね。
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- それは本当の意味で、攻めですね。
- silsil
- ライブペイントにしても、世の中の端っこに置かれてる感じがしてて。ライブの添え物だったりイベント会場での余興だったり。見ていても地味じゃないですか。だけど、私が思っているのもは違う、だからセンターに持ってきたんです。パーツの組み合わせではなくて、共存している。ひとつの時間と作品を生み出すようなライブ。あ、6月に観ていただいたイベントは“そう”なんです。
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- 素晴らしい。
- silsil
- 最初は不安もありましたが、お客さんも、そのうち趣旨を分かって下さって。沢山の方が遊びに来てくれるようになりました。他にもきっと、私が出来る形がどこかにあると思うんです。
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- 何故、そうした事をされたいと思うのでしょうか。
- silsil
- アート=「訳の分からない奴でしょ」という思い込みが世間にはあるんですよね。その両極に、意味が分からない事が高尚だという刷り込みもある。そして、それは許しでもあり、社会から解離しているとも言える。どちらの先入観も好きじゃないんです。(個人的には難解な作品を観に行くのは好きなんですけど。)すると、複雑な作品を避けて、分かりやすく簡略化したものしか無くなっていく。いわゆる「おしゃれ」な感じ。人の生活に近いものと遠いもの、どちらかしかないという状態になっていて、間がないんですよ。でも、他の方向性があるんじゃないかと考えていて。それが、私の攻める方向になるんじゃないかと思っています。
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- それが、普遍的な傑作を作りたいという事にも繋がるんですね。
- silsil
- 私の作品・イベントなどを通しての活動は、愛に垣根はない、人間として愛する思想がベースにあります。世の中に「存在しない」ものはない。色々な出来事は世の中としては「ない」ことになっていて、その、あるんだけど見えなくなっている違いを認める事が出来れば・・・違いを排除するのではなく、認識を持ったり知ったりする事で、世界は少し変わるんじゃないかとも思って、作品を作っています。カテゴライズするのがいいのかは分かりませんが、LGBTを応援するのもその中のひとつだと思っています。普遍的な傑作、人の心に回帰する様なものを表現したいですね。
TRANSIT
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- 今日はお話を伺えたお礼に、プレゼントを持って参りました。
- silsil
- ありがとうございます。開けていいですか?
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- もちろんです。
- silsil
- お、これは。「TRANSIT」。あ、いいですね。
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- カザフスタンとか、誰もあまり行った事のない国を旅するガイドブックだそうです。
絵具とルブタン
- silsil
- この個展を企画するタイミングで、ちょうど女性のファンの方が増えてきていて。女性が興奮する事をしたいなと考えました。その一つに、汚して喜ぶというのがあると思うんですよ。このルブタンの靴が汚れていくのを見ると、いいええぇ~ってなるんですよ(笑い)。それとは反対に、絵は何も無い所から生まれていって、でも靴は汚れていって。汚れるのは良くないという価値観を、ルブタンの靴を目の前で汚す光景を見せる事で、見ている人の中で浮上させる。そういう教育を受けていないのに、何故良いと思うんだろう?とにかく、そういう興奮を共有しました。
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- 汚れてはならないものを目の前で汚す。
- silsil
- 汚れてはならないものだけど、皆汚したいと思っているものなんですね。そして、汚れても美しくなる事が、事実そこにある。それは女性性にも若干リンクしてる。そこに、共通の何かが表れるんじゃないか。そんな実験でもありました。実際、汚す場面を強調して見せるシーンでは会場から悲鳴が上がりました。でも、楽しーっという。興奮してるんです、彼女たちも私も。でっしょー?みたいな。そういう「感じ」。