タイから帰って・・・
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- 今日はどうぞ、よろしくお願いいたします。渡辺さんは最近どんな感じですか。
- 渡辺
- よろしくお願いします。とりあえず、「殺意(ストリップショウ)」(以下、「殺意」)が終わって、一段落したなという感じです。なのでこの間までタイ旅行に行ってたんですけど。
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- タイ、楽しかったですか?
- 渡辺
- 楽しかったです。2週間ぐらい行ってたんですけど。観光地に行くというよりかは本当にゆっくりしただけですが。そもそも自分で海外に旅行に行くというのが初めてで。ちょっと今もバカンス気分が抜けていないですけど。
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- そのままでいいですよ。人生はバカンスだと思いますよ。
- 渡辺
- バカンスというかRPGゲームを生きているぐらい開き直った感覚でいないと、何やってるんだろうと思ってしまうかもしれない。こういう俳優活動をやっていると先に対する不安や期待ばかりで。人に「お芝居をやってる」と言った時に、その人が知ってる代表作がない場合「役者さんを目指してるんだね」という言われ方をされてうんざりしてしまって。なんでずっと将来の夢追いかけてる状態やねん、と自分にムカついてしまって。もちろん自分で俳優だと思ってやってきてるって言うのはあるんですけど周りとのズレはあります。そういう見られ方をすることに対して、何なんだよと思って。だからやめたんですよ先のことを考えるのは。まあ、考えないというのは無理なんですけど。
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- ・・・。
- 渡辺
- やりがいのある役をもらうというのは目標なのかもしれないですけど、どんなに小さな役だとしてもお芝居をしているその瞬間が・・・。恥ずかしくなってきた。
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- いやいいですよ。
- 渡辺
- もらった台本に取り組んでいる瞬間が楽しいんだなと。それが続いていけばいいや、と。それぐらいです。
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- ちょうど今日、そういう話がしたいなと思ってたんですよ。
- 渡辺
- ええー。
『殺意(ストリップショウ)』
公演期間:【東京公演】期間:2023/5/15~21。会場:アトリエ春風舎。【京都公演】期間:2023/6/20~22。会場:UrBANGULD。
「分かる」
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- 何も考えずにその役割を果たしていいんだろうか?ということを最近考えていて。目的意識とか方針がなく好き勝手な仕事を全部やろうとしていたら、結果的に商品にはならないんじゃないかなという気がしているんですよ。システム開発の言葉では要件定義と呼ぶんですが、本当に今ここで作るべきものは何なのかの方針を考えないといけない。「殺意」の上演を思い返してみて、なんだかそういう事を思ったんです。すごく、方針と演技がミートしていてピンと来たんです。
- 渡辺
- この間の「殺意」は既成戯曲であり、河井朗くんの中で定義付けができていたのでうまく進められたんだろうなと思っています。稽古序盤の彼はすごく混乱していて。そして私も演者としてやることがいっぱいあってさらに混乱していて。そもそも私にとってある程度のクオリティを持って初日を迎えられるかどうかが大問題で、演出については方針の提示を求めるのが精一杯でした。そういう意味で新しい進め方だったかもしれません。あまり私は既成戯曲をやったことがなかったんですよ。作品的にも役柄的にもすごく大きな壁でしたし。朗くんはいつも”協働する”という言い方をするのですが、今回は特にドラマトゥルクの蒼乃さん含め3人で作ったという実感がすごくあります。
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- なるほど。
- 渡辺
- 朗くんがやりたいイメージに加え、それぞれ自分の準備してきたものを持ち寄って作るという形で制作していきました。演出、役者、衣裳、振り付け、それらのための資料集めから・・・ルサンチカのこれまでの作品だと、明確な役割分担というよりは皆で考えながらやってみながら作っていく感覚が強かったのですが、今回は、私は本当に純粋に役者だけに集中させてもらいました。
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- それぐらい3人の仕事が独立していたんですね。
- 渡辺
- 3人でこれをやるには、仕事の量が多すぎたんですよ。私はまず120分のセリフを体に落とすのに1ヶ月弱くらいかかりましたし。1日8時間稽古してました・・・。
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- すごいですね。
- 渡辺
- 言葉を身に落としていく作業と、稽古場で朗くんが言っていることにフォーカスを合わせていく作業で本当にいっぱいいっぱいだったので・・・。要件定義の話からそれちゃいましたね。言われたことをただやるのと、自分が何をやっているのかを理解しているのとでは全然パフォーマンスが違いますもんね。全体の中でどういう意味の仕事なのか、結果としてどうして欲しいのかというのを頭の中で理解できてから動く方が、スムーズに品質のいいものが出せるじゃないですか。
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- 確かにそうですね。
- 渡辺
- 私は結構頭でっかちで、自分でやってることをまず頭で理解しようとしちゃうんですよ。覚えたての言葉を使いますけど、要件定義をしてからじゃないと自分が何をしているのかわからなくて気持ち悪くて。今これは何の時間なのか、何をして欲しいと思ってるのか、大枠として何かわからないままやってくださいと言われるのはすごく嫌ですね。こういうスタンスは、提示する側としての己自身の期待値をちゃんと出したい・変に搾取されないということを担保するために役立ってると思うんですが、せっかく芸術活動をしているのに、「分かる」ことを大事にしすぎるのももったいないなというような気もしています。分からないままやってみるというのも、苦手だからこそ、挑戦していっている部分ではありますね。
ルサンチカ
河井朗が主宰、演出する実演芸術を制作するカンパニー。ここ近年は年齢職業問わずインタヴューを継続的に行い、それをコラージュしたものをテキストとして扱い上演を行う。そのほかにも既成戯曲、小説などのテキストを使用して現代と過去に存在するモラルと、取材した当事者たちの真実と事実を織り交ぜ、実際にある現実を再構築することを目指す。(公式サイトより)
わかるわからない
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- お客さんって、何からでも何かを感じることはできると思うんです。謎のものに対してもお客さんは認知したり心に引っ掛けることは出来る。
- 渡辺
- そうですね、観客でいる時もその感覚は大事にしたいですね。どういう事やねん、と思うことは大切にしています。分かることが鑑賞の全てではないから。最近はすごく分かりやすいものばかりじゃないですか。分からないとみんなが怒る。いやいや、と。貧しいなと思いますね。
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- お客さんの力が試されてますね。
- 渡辺
- エンターテイメントだから皆さん楽しんでほしいし、楽しむ権利がもちろんあるんですけど、わかるわからないじゃない方面にも、楽しい景色が広がっているっていう事に気づいて欲しいですかね。
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- 何らかの価値であるとか楽しさを定義しきらなくてもいいのかなと思いますね。
- 渡辺
- やるのと見るのとではもちろん違いますけどね。たとえば謎めいた作品に関わるとしても、やる側は明確に方針を理解しておいた方がいいですし。それこそ南野詩恵さんのお寿司とか。南野さんの中では論理立てた筋があるし、お客さんがわからないとしても理屈というのがあると思うので。
お寿司
京都を拠点に活動する舞台芸術団体。衣装作家、南野 詩恵が2016年に立ち上げる。作・演出・衣装を一つの頭から繰り出し、演者に対して、生地と文字という外面・内面両方からアプローチを試みる。アートやファッションに特化した演劇作品を生み出している。
なぜ?①
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- 「殺意」はとても面白かったです。ぎくりとしましたね。仇である山田先生をストーキングして、謎の建物の覗き穴にまでたどり着くというのが超面白い舞台設定だなと思っていました。普通そこにはたどり着かないですし。
- 渡辺
- そうですね。
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- 主人公である緑川美沙の妄想の中で起こったのか、もしかしたら彼女のトラウマが超能力を開花させたのかもしれないですし。
- 渡辺
- なるほど。うんうん。
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- 最後に緑川美沙は、仇である先生を見逃すことにしましたね。ラストの台詞で真っ黒こげの中で生きた張り合いが無くなり、自分はダメになってしまったと。敵をなくして落胆する。それは人間性の成熟であると言えるのかも?とにかく、その結末にたどり着けたというのがすごかったです。
- 渡辺
- ありがとうございます。超能力か。面白いですね。
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- 精神的ストレスが超能力を喚び起こして、超常現象を起こすということは結構あるみたいですよ。ダメージが寛解するにつれてそういう超能力は消失する。その段階の患者さんがどう思うかというと「自分が特別ではなくなってしまった故に無力感や喪失感を覚える」んだそうです。そういう流れがストリップショウに書いてあってとてもびっくりしました。覗き穴を介して敵の正体を知るというのは、彼女にとっては必然的儀式故に備わった能力なのかもしれない。
- 渡辺
- そうですね。美沙にとっての山田先生は常に自分にとっての鏡だったと思うんです。美沙自身がそれに自覚的であったかどうかわからないんですけど、「人間の正体に気づいた」というのは美沙自身も含めてだから。先生を追いかけていた時期というのはもちろんネガティブな感情で毎日を過ごしていたんだと思うけど、後から思えば楽しかったと思うんですよね。それが目標になっていたから。
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- ああー・・・はいはいはいはい。ダンサーとしての美沙がどんな活動をしていたのかとかはあまり語られませんでしたからね。
- 渡辺
- 美沙にとっては、それは重要なことじゃなかったんでしょうね。美沙はすごく賢いんだと思うんですけど、何かに拠ってしか生きていないんです結局。田舎では家族に拠って、都会に出てきてからは山田先生と徹男さん。人に全力で付いていくという生き方をして来た人。自分自身が常に何らかの被害者であり、何度も転向している人間だ、という自己矛盾があったから、転向した山田先生への怒りや憎しみが増幅されたんじゃないかなと思いますよね。どう発散させてどう処理したら良いかわからない感情を、丁度向けられる相手が山田先生だったんじゃないかなと思います。
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- 覗き穴を使って人間に向き合い、自分を再発見し、こういう人間もいると自他に宣言した瞬間が響きましたね。
- 渡辺
- すごく力強い本ですよね。未だに考えますもん。美沙は実在しないと思うんですが、本当に居たような気がする。
なぜ?②
- 渡辺
- お客さんに、自分の話をしたかった自意識もあったのかな。「こんな女もいたのだと思ってくださいまし」と言うつもりで最後の引退ショーに上がった訳じゃないですか。人として生きる欲がそうさせている。しぶとそうじゃないですか美沙は。ただの女として世間の波に沈むことはないだろうと思うんですよね。
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- 美沙は何故話をしたのか?心の中にしまっておいてもいいのに。
- 渡辺
- ドラマとしてはその構造(実際の観客をショウの観客に見立てる二重構造)が無くても別に十分だと思うんですけど。
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- うーん。自分自身を納得させようとしていた?トラウマから受けたエネルギーが出口を求めていた?
- 渡辺
- やっぱり山田先生への怒りを何とかしないといけなかったんじゃないかな。言いたかったと思うんですよね。最後の舞台の機会で。
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- 箱庭療法かなあ。
- 渡辺
- ああー・・・。
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- そこに振り回されていた美沙は、しぶといので自殺するわけにも行かず、覗き穴を通して山田先生の姿を通して再描写した(美沙も、あの覗き穴から漏れる光に照らされてしまい、舞台に立たざるを得なくなった)。
- 渡辺
- そうなんですよね。自分の昔話をしてるわけだからある程度の距離は取れてるはずなんですよね。殺すのをやめたその次の日に引退公演ではないと思う。
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- 心の変遷があるんでしょうね。
- 渡辺
- 山田先生を殺す代わりに語ったというのはありそうですね。最後の夜に、何かがプツンと切れてからじゃあこうしようと考えが切り替わったわけではない。憎しみが消えたわけでは絶対ないと思うんですよ。殺すことで自分の気持ちが晴れるというわけではないことに気づいてしまったから殺さなかっただけで、やり場のない感情の一つの出口として、他人、それも男に話す。というのがベクトルの違う殺意としてあったんじゃないかという気はするな。
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- それは特定の男ではなく不特定多数の観客だった。つまり不特定多数性が必要だったのかも。
- 渡辺
- そうですね。人間そのものかもしれないですし。三好十郎本人は男女問わずに向けていたとは思うんですが、その時代の男に対して向いていたのかもしれませんね。上演後に「怖かった」という感想を何人もの方にいただきました。女性からも。「痛いところを突かれた気がして怖くて挨拶できずに帰りました」という声も。そんなに怖かったのと思いましたがやって良かったなと思ってます。
質問 川村智基さんから渡辺綾子さんへ
クールダウンタオル
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- 今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントを持って参りました。どうぞ。
- 渡辺
- ありがとうございます。開けますね。アンジェさんや。(開ける)おっ。タオル?
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- 冷たい感触のするタオルですね。
- 渡辺
- 可愛い色。ちょっと美沙の色みたいじゃないですか?
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- ちょっと意識しました。