演劇人にインタビュー 頭を下げれば大丈夫

野木 萌葱

脚本家。演出家

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パラドックス定数 第30項 「D51-651」

__ 
今日はどうぞ、宜しくお願いします。野木さんは最近は、どんな感じでしょうか。
野木 
どんな感じですか・・、11月末のパラドックス定数の公演、「D51-651」の台本を書いている最中なんですが、またバテるような気がします。
__ 
大変ですね。バテるとは?
野木 
体的にはそれほどしんどくはないんですけど、今回扱う題材が下山事件で頭の中がてんやわんやなんですよ。でも、必ず書き上げて上演します。
パラドックス定数

主宰 野木萌葱により、1998年にユニットとして旗揚げし、 主要メンバーの固定化を受け、2007年6月に劇団化を敢行。戦後未解決事件や、歴史上の著名人をモチーフとした、 濃厚且つキレのある男性芝居が特徴。強靱な想像力をもって生み出されたその脚本は、 フィクションとノンフィクションの境を超越し、 無駄を排した的確で鋭い台詞は、常に圧倒的な質量を誇る。緻密に作り込まれた息苦しい程の舞台空間から押し寄せる緊張感は他に類を見ない。(公式サイトより)

パラドックス定数 第30項 「D51-651」

公演時期:2012/11/27〜12/2。会場:上野ストアハウス。

必要な事をやっているつもりです

__ 
以前拝見した、野木さんが作演出を務めているパラドックス定数の「東京裁判」 。非常に面白かったです。タイトル通り戦後の極東軍事裁判を題材にした作品でしたね。登場人物は5人の日本側の弁護士。世界の耳目の中で日本そのものを弁護する様はまるでそういうようにして戦っているようでした。まるで情報戦のような感触があったんです。例えば、かわぐちかいじの描く軍艦同士の戦闘のような。
野木 
情報戦。はい。
__ 
俳優が演じている役の思想とか事情がすごく分かりやすいんですよね。具体的だからこそか、こちらの側のリアルタイムな想像が次から次へと実証されていったり、併走したり、追い越したり。パラドックス定数では、いつもこのような作品を作られているのでしょうか?
野木 
うちは節操なく色んな題材に手を出しています。でも、稽古のやり方としては毎回同じ事をやっているつもりです。ええと、さっきの情報戦って・・・。
__ 
すみません、私も手探りで言葉を探しているので、例えが変かもしれません。俳優が演じる役がいままさに仕事をしていて、身体がそのために動く時に帯びる使命感というか。それが、観客に具体的な理解をさせてくれるんですよね。共感とは質の違う共有のあり方で。国の利益というか、敗戦処理という戦争に立ち会っている身体。そうした演技を作るには、もしかしたら稽古の仕方に特別なやり方があるのではないかと思っているのですが。
野木 
いえ、特殊なやり方というのは特にないんですよ。とはいえ私の方から「こうしてほしい」と指示をする訳でもなく。でも、「ここに五人いるから、お互いを無視しないでほしい」という事はよく言いますね。
__ 
「ここに五人いるという事実」。
野木 
その認識の上で、必要な事をやっているつもりです。細かい事ばかりやっている訳ではなくて、でも、「相手がこの台詞を言う間に、自分の中に立った気持ちは絶対に無視しちゃいけない」とか。
__ 
そうそう、そうですよね。
野木 
相手の態度を受けて、こう返すというか、こう返さざるを得ないというか。
__ 
舞台上の人間同士の、誰にでも提示される流れ。これを明確に掴んでいるのって、きっとどこまでも演劇的で、同時に作りものからはかけ離れた、間合い的な何かだと思うんです。それこそが会話劇と言えるかもしれない。
野木 
俳優には支えられています。本当に。そう、詰め詰めばかりの稽古ではないんですよ。毎日の稽古は違うので、当然、変化はありますね。
パラドックス定数 第29項 「東京裁判」

公演時期:2012/7/31〜8/12。会場:pit北/区域。

配剤

__ 
野木さんがお芝居を始めたのはどういうところからでしょうか。
野木 
中学生で、クラスの学芸会で演劇をやったのが最初です。オペラ座の怪人を劇団四季で見たかったのにお小遣いでは見れなくて、なら自分でやろうと。何でそう思ったのかは分かりませんけど。
__ 
見れないなら自分でやる。
野木 
訳わかんないですね(笑う)。みんな分からないながらもはいはいと付き合ってくれて、上演までいきました。
__ 
「パラドックス定数」の旗揚げは、大学在学中ですよね。
野木 
はい。戯曲を上演したかったというのもあるんですが、実は日本大学の演劇学科で、周りがポコポコ旗揚げしていて、それに押されて・・・「一番早く潰れる劇団」と噂されていました(笑う)。
__ 
劇団名の由来を教えて下さい。
野木 
旗揚公演に、アインシュタインを題材に選んだんですよ。「神はサイコロを振らない」という。彼の脳がスライスされて、世界中の科学者が保持していて、彼が蘇って探しにいく話。で、ぴあにチケットを預けようと電話した時に団体名を聞かれて。その時、なんと何も考えていなくて、手近にあった資料の本を二冊くらい探って、目にした単語を並べたんですね。「パラドックス」と「定数」って。
__ 
面白いですね。
野木 
後から、「パラドックス」=矛盾、「定数」が固まった数概念という。それすらも矛盾したネーミングという事で、面白がって下さる方もいらして・・・。
__ 
神の配剤的な決まり方ですね。
野木 
そうですかね(笑う)。それから、ネーミングを変えずにここまできました。
__ 
プログラミングだと、コードの最初で宣言する変数で、プログラムの中で何度も呼ばれるものを定数と呼びます。「パラドックス定数」は社会の中にあって、常に矛盾を提起する存在として宣言されていると思っていましたが、そんな事だったんですね。
野木 
ホントにお話した通りなので、何も、なんですよ(笑う)。

もっと知りたい

__ 
題材としては、どのようなものを選ぶ事が多いのでしょうか。
野木 
私が、「何だこれ!」って思ったもの、というのが多いです。「神はサイコロを振らない」も、新聞の日曜版で、アインシュタインの脳を持っている科学者の記事を読んで「何だそれ!」って思って。そういう驚きから焦点が合っていく事が多いです。
__ 
「東京裁判」も、そのような。
野木 
当時、お客さんに「やってほしい」と言われたんです。それで調べてみたら実は、日本側にも弁護士がいるという事が分かったんです。それが凄く驚きで、というか、裁判なんだから弁護士がいるのは当然なんですけど、いるとは思っていなかった自分に驚きが。「あ、これだ」と思いましたね。それをもっと知りたいと思ったら、段々と焦点が合っていって、台本を書けるようになるんです。
__ 
見えていなかった事に気づいての驚き。それを探すのはとても難しそうですね。見たいものにはすぐに気づくのに。

質問 ウォーリー木下さんから 野木 萌葱さんへ

__ 
前回インタビューさせていただいた、ウォーリー木下さんから質問です。「今まで人から聞いた一番ムカついたエピソードを教えてください」。
野木 
うーん、無いですね・・・。無いなあ・・・。そういう話題で盛り上がった事がないですね。

やっていく、という感じ

__ 
今後、どんな感じで攻めていかれますか。
野木 
攻める・・・。考えた事もないです。とにかく、来月の公演の準備をしているので。攻める。全世界が敵だという気分になる事もあるんですけど、攻めるという発想はないですね。
__ 
戦略的な意味合いではない。というか、一回一回の公演を戦っている。
野木 
考えた事もなくて。やっていく、という感じです。

ツリーのガラス細工

__ 
今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントがございます。
野木 
えっ。いいんですか。
__ 
もちろんです。どうぞ。
野木 
何かしら。(開ける)すごい。季節先取り。いいですね。ありがとうございます。かわいいー。
(インタビュー終了)