演劇人にインタビュー 頭を下げれば大丈夫

田辺 剛

演出家

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就任

__ 
今日は、宜しくお願いします。
田辺 
宜しくお願いします。
__ 
最近はいかがですか?
田辺 
6月に「農夫」が演出される作品の準備と、11月に自分の作品を劇研で上演するので、その準備ですね。それから、9月から劇研のディレクターになるので、その引継ぎと年間の方針の策定です。準備ばっかりなんですけど(笑う)。今月は公演の予定はないのですが、役者さん向けのワークショップをやっているところです。
__ 
そう言えば、劇研ディレクター就任は9月からでしたね。
田辺 
はい、個人として劇作と演出をやりつつ、劇場をどうしていくかを考えていきます。
__ 
どのような方向を考えておられるのでしょうか。
田辺 
もともとアトリエ劇研はアートスペース無門館という名前で、若い作家・演出家・俳優に公演をしてもらう場所だったんですよ。劇場側が選ぶのではなく開かれた場所という意味で、だから無門館と言っていたんです。これからも京都で演劇をやろうという若い人達に使ってもらって、実力をつけてもらう場所になってほしいですね。あそこを出発点にして、いろんな人達が集まって研鑽を積む場所になったらと思います。もちろん、僕もそのうちの1人ですし。
下鴨車窓

京都を拠点に活動する劇作家・演出家の田辺剛が主宰するユニット。(活動紹介より)

下鴨車窓#4「農夫」

公演時期:2008/6/25〜29。会場:アトリエ劇研。

松田正隆

劇作家・演出家。マレビトの会主宰。

農夫

__ 
前回、アトリエ劇研で上演された「農夫」。非常に楽しく拝見致しました。
田辺 
ありがとうございます。子供からお年寄りまでという間口の広さは無いので、つまりお客さんに選ばれて見られるような芝居だったと思います。ですので、そう言って貰えると素直に嬉しいです。
__ 
そうですね、どちらかと言うとお客さんを選ぶ作品でしたでしょうか。
田辺 
こちらがお客さんを選ぶというか、選んで見に来て頂きたいですね。昔、「農夫」よりももっと抽象性の度合いが高いお芝居をやっていた時に、出演者が友達をいっぱい呼んでくれたのは嬉しいんですけど、何て言ったらいいんでしょう、アメ村的オシャレな金髪の方に来て頂いて、心の中で物凄く謝ったことがありました(ちょっと笑う)。僕が選ぶというのはおこがましいと思うんですけど・・・。
__ 
でも、重要なところですよね。
田辺 
それこそ、子供からお年寄りまで見て頂くのに越したことはないんですけど、かと言ってお客さんに合わせて書く程には器用でもなく。せめて、チラシをデザインしたり広報をする時に、どういった作品なのかが伝わるようにしています。最近ではあらすじを載せたりしていますね。
__ 
確かに、今回あらすじが載っていましたね。さて、作品の上演が終わって数週間経ちましたが、ご自身の手ごたえはいかがでしたか?
田辺 
韓国での研修から帰ってきて最初の新作だったんですね。今終わってみて、すこし肩の力が入りすぎていたように思います。あれもやろう、これもやらなきゃ、と気負った部分があって、実際ご覧になったお客さんから見たら感じなかったかもしれませんが、反省はあります。でも、もちろんやりたいと思ったことは出来たんですね。二歩進んで一歩下がるという所です。
アトリエ劇研

京都・下鴨にある客席数80程度の小劇場。1984年に設立し96年に「アトリエ劇研」に改称、2003年11月にはその運営主体がNPO法人となった。(公式サイトより)

言葉

__ 
なるほど。これは是非伺いたかったことなんですが、「農夫」のラストシーンが、村に迷い込んだ革命者の姉が、布に文字をいつまでも書いているというものだったんですけれども、非常に印象の強いラストでした。言葉を永遠に書き続けているという。
田辺 
あの布というのは象徴的に使っているんですね。元々僕は大学で哲学をやっていて。人間の言葉にまつわる勉強をやっていたんですね。人間を考える時に、どうしても言葉を考える事になるんです。「農夫」では、村にやってきた革命家達の語る固い言葉、ちょっと頭の悪い文盲の弟、そのお兄さんは芝居の後半で商売に目覚めて市場経済の話を持ってくるわけですが、舞台上でいろんな言葉が行きかうんです。これは実際、僕らの身の回りでもそうですよね。例えば、喫茶店で隣に物理学者が二人座っていて、専門的な話題を始めたとします。僕らには同じ日本語としても分からないですけどそんな言葉もいきかっている。
__ 
専門用語だらけでしょうね。
田辺 
政治の言葉、生活の言葉、経済の言葉、といろんな種類の言葉があふれているわけです。氾濫しているともいえる。それらが交錯する模様を描こうと思いました。
__ 
言葉の氾濫ですか。
田辺 
そうしたなかに「芸術の言葉」もあって、僕は「詩」を考えることが多いんですけど、詩の存在感って日常生活のなかではすごく薄いなって思うんです。そこで詩の特殊な存在感を、姉に布の上に書かせる事で、再度問いたいと思ったんですね。あの詩の言葉というのは劇中、「なにこれ」って言われて誰にも通用しなかったじゃないですか。でも、ああいった言葉の価値が見失なわれたら、それはとても貧しい世の中になるんじゃないかなと思います。
__ 
わかりました。ところで、あの巨大な面積の布の前面に文字が連なっていく様は何か、とても壮大なイメージでした。人の脳の暗喩というか。そこから文盲だった農夫の弟が少しずつ言葉を学んでいくというのが非常に印象的な演出でしたね。
田辺 
あの布は舞台美術の川上明子さんによるものなんですよ。穴から引っ張り出して舞台に登場するんですが、裏側を引き剥がしてきたというイメージもあります。我々の立っている地面の裏には、言葉がびっしりと埋まっている、という。わたしたちの生が先人たちの語った言葉や記された言葉のうえで成り立っているというか、支えられてるというか、裏打ちされているというような。そうしたことを再発見するというのも、作品に盛り込んだイメージなんですね。
__ 
へえー。
田辺 
モノだけでなく言葉もどんどん消費されていく世の中じゃないですか。新しい価値を発見することはとても楽しいし、刺激はあるんですが、今までにあったものを再発見することの大切さっていうのがあるんじゃないかって。新発見と再発見のバランスが取れればもっと豊かになるんじゃないか。と思います。

範囲

__ 
私実はですね。結構昔に田辺さんの作品を拝見した事がありまして。t3heaterだったと思うんですけど、登場人物の男の方が、死んでいるか生きているか不明の女に向かって「難しいな、難しいよ」と言って終わるものでした。
田辺 
おお! それは「うみのうた」ですね。リアリズムだった時の。
__ 
あ、やはり田辺さんの作品だったんですね。それと、最近の2作を拝見している訳ですが、いわゆる静かな演劇ですよね。そこでひとつ伺いたいのですが、下鴨車窓では、俳優に演技を付ける時にどのような点に留意しますか?
田辺 
とりあえず、役作り禁止ですね。どんなに僕らに身近な風景の作品でもそうだと思うんですけど、舞台俳優の「この役の事はすべて分かっている」という態度に違和感を感じるんですよ。分からんでしょうそんなこと、って。例えば、自分の親とか生まれてからずっと付き合っていてもいまだに知らないこといっぱいあるし。でも演劇となるとたかだか台本を読んだくらいで分かりました、といえることの傲慢さってなんだろうと思うんです。
__ 
なるほど。
田辺 
だから、役作りは禁止です。もちろん、何もナシで演技が出来る訳ではないので、最低限これは言えるね、ということを積み上げていってもらいます。例えば、このセリフを言うのでも、これ以上いっちゃうとセリフとして言えない、逆にそれ以下だとシーンが成立しない、という演技の可能性の範囲を探し当てる作業をするんですね。
__ 
演技をポイントで決めるのではなく、演技が作品として成立する範囲を探っていくという事でしょうか。
田辺 
そうですね。実はこれは本番でも決定しないんですね。その都度、揺らぎがあるようにしたいと思っています。そういうやり方を俳優の方でも受け容れてくれたら嬉しいですね。
__ 
作り方についてもう少し伺いたいのですが、役作り禁止で、かつ演技を範囲で考えていくという事は、作品を作る上で舞台上の人物の感情については管理しないという事ですか?
田辺 
段取りはあるんですよ。セリフの言い方を指定することもあります。でも、けして感情とリンクさせないようにしますね。怒りを込めてとか、悲しみを堪えて、みたいな指定はしません。確かに、台本を沢山読み込んで、役の内面を追って「ここはこの人は怒っているからこういう言い方をするよね」ということを話し合いはします。でも、具体的に感情を付ける演出はしないんです。問題は、それをやってみせるかどうか。それは僕らの中にちゃんとあるけれど、出しはしない。役の解釈と役の表現とを分けて考えて、結論めいたものを舞台上で出さないようにすることが重要なんですよ。

寓話

__ 
今後、田辺さんは演出として、どんな感じで攻めて行かれますか?
田辺 
中々、天邪鬼な所があって、演劇そのものを素直に信じられていないんですよ。演劇を疑いながら「演劇にできること」を探っていきたいと思います。劇作家・演出家としての今後は、これまでの作品は京都から出すまいとして。
__ 
そういえば、京都での上演が多いですね。
田辺 
大阪・東京など別の土地で上演するという機会はあまり無かったんですよ。でも、これからはもっと別の地域の人達に見てもらいたいと思います。それで、秋の新作は年明けに東京・名古屋で上演する事が決まっていたり、来年2月は広島に演出として呼んでいただいたり。今後も、そうやって発表の場が外に広がっていけばいいなと思います。
__ 
作品をお書きになるうえで、目指したい世界みたいなものはありますか?
田辺 
「旅行者」と「農夫」を発表した時に頂いた評価と、それから自分でも分かっていたことなんですけど、僕の作品は寓話的と言われるんですね。
__ 
寓話性とは、一体どのような事を指すのでしょう。
田辺 
例えば神聖な物事を視覚的に表現しようとした場合、白色を持ってくる事がありますね。そういう時の白というのは、神聖なもののアレゴリー(寓意)と言うんですね。イソップ寓話の教訓話でも、キツネというのはずるがしこいものの寓意です。ただ教訓を書き連ねるだけでは読者に受け入れられない。が、キツネのような寓意性を背負った役を配した物語を通すと理解しやすくなる。それが寓話です。そういう、何かの置換を、寓意を使って物語を紡いでいくということですね。
__ 
分かりました。ありがとうございます。
「旅行者」

公演時期:2008/3/20〜23。会場:精華小劇場。

犬の写真集

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今日はですね、田辺さんにお話を伺えたお礼にプレゼントがあります。
田辺 
あ、例の。
__ 
どうぞ。
田辺 
重いじゃないですか。あ、開けてもいいですか?
__ 
ええ。
田辺 
(開ける)あ、写真集ですか。へー。犬の写真ですか。どうして僕が。何かイメージが。
__ 
というのもありますが、写真集であるという事が重要だったんですね。
(インタビュー終了)