「別の方法論」
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- 今日はどうぞ、よろしくお願いいたします。坂本企画の坂本涼平さんにお話を伺います。最近、坂本さんはどんな感じでしょうか。
- 坂本
- よろしくお願いします。2月に公演が終わってほっと一息というところなんですけど、仕事の方が4月の部署替えで新型コロナ対応の前線部署になってしまったんです。21時に帰れるかどうかという状態になっていて。
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- お仕事は医療関係ですか?
- 坂本
- いえ、教育関係です。オンライン授業推進の環境整備ですね。
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- オンライン授業は難しいですよね。生徒の反応とか分かりにくいですからね。
- 坂本
- そうですね。双方向とはいえ、ライブでその場の空気というか反応を感じ取って、変化させていく、表現していくというところができにくいので。オンラインだから一概にダメというわけではないんですが、これまでとは違う、別の方法論が必要になってくるという事だと思います。演劇も同じですね。
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- そうですね。TV授業自体は昔からありましたが、ネットワークを介して多人数で行う双方向の教育は最近のものですからね。
坂本企画
「人は、うそをつく。やむにやまれぬ願いのために。その 時、悲劇の幕が上がる。」うそをつく人、をテーマに「現代悲劇」を模索する、劇団員を持たない劇団。(こりっち舞台芸術より)
坂本企画19『娘たちのうたわない歌』
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- 前回公演の「娘たちのうたわない歌」大変面白かったです。舞台は戦争というよりも戦場、つまり混沌とした場に放たれた停戦使節団なる「娘たち」。人間性を持たず、異質な特性を持って生きる彼女たちがだんだんと人間に近づいていく、その成長と変化が大変面白かったです。
- 坂本
- ありがとうございます。
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- ご自身としてはどんな作品でしたでしょうか。
- 坂本
- まず、戦争について。僕たち大部分の現代日本人は、幸運にして戦争というものを肌で感じずに済んできた世代ではあるんです。しかし、そのことによって、人間として生きていく上で大事な、問題を認識して解決していく方法論みたいなものをいびつな形で教えられ、伝えられてきてるのではないか、という思いがあります。2013年の初演では、私たちは問題解決の正しい方法なんて教えられてへんぞ!という、どちらかと言うと「娘たち」側の視点で演出したつもりだったんです。まだ私自身20代でしたし、なにより、大人が私たちに、「争うな、何事も話し合え」というお題目だけ与えて、具体的方法、技術論を教えないことに疑問を持っていましたから。それから7年経って、仕事も教育関係に変わってから、これはいよいよ若い世代に何も伝えられていないのは、構造的な、「仕組み」の問題だなと思うようになったんです。
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- なるほど。
- 坂本
- 今回の再演では、そのあたりの思いもあり、また、7年、8年というまあ一時代経ってるわけですから、現代性を持たせるためににも「娘たち」よりむしろ「ノラ」にフォーカスを当てています。
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- 「ノラ」、かつて「娘たち」であった存在ですね。娘たちに、自分たちの正体や戦争、自由と反逆についてを教える訳ではなく、ただ四つん這いでついていくだけの存在。イコール、今の僕たちの世代だと。戦争体験を中継する世代として、その役目を果たしきれていない。
- 坂本
- 今の世代としての懺悔というわけではないんですけど、これじゃまずいよねと。85年生まれはもう被害者じゃなくて加害者なのではないかという視点で演出した作品です。
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- 「ノラ」の正体にフォーカスが当たるシーン。彼女に台詞は全くありませんがなぜかモヤモヤしたのはそういうことだったんですね。
- 坂本
- はい、彼女には何も言うべきことがないんですよ。彼女もまた何も教えられていないので。僕らの少し上の世代のAC(アダルトチルドレン)の問題って、広い意味で、親世代の何らかの機能不全が子世代に歪みをもたらすってことだったと思うんですけど、形を変えて孫世代への歪みとして引き継がれているんじゃないかと思うんですよね。結局、戦後世代に育てられた僕たちは、戦争とか戦場に現れる争いと葛藤の解決に対して重要なものをスポイルされたまま育ってしまったんじゃないかという実感から生まれた作品なんです。数世代にわたるやっとの平和が、新たな戦争の土壌になるなら、こんなに悲劇的なことはない。ただ、書きたかったのはそういう外側の部分ではなくて、そういう環境に、まさに舞台に乗せられた個人の、内側に発するものなのですが。
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- 「娘たち」が、子供から青年へ・そして大人へと成長する流れの傍で、「ノラ」だけが置いてきぼりになってるような感覚があったんですが。作品の光と影が見えたような気がします。
坂本企画19『娘たちのうたわない歌』
【出演】 鳩川七海(幻灯劇場/YTJpro) 小野村優 古賀柚奈(テアトルアカデミー) 荘司歩美(坂本企画) 【作・演出】 坂本涼平 【スタッフ】 舞台監督 北村 侑也 美術 本田 夏実(BS-Ⅱ) 照明 菅野 万里恵 (baghdad cafe) 音響 八木 進(baghdad cafe) テーマ音楽 イナミセイジ 楽曲提供 unclose 振付 小野村 優 衣装 植田 昇明(kasane) 小道具 坂本 歩美 舞台写真 小嶋 謙介 映像撮影 武信 貴行 映像編集 飯阪 宗麻(NOLCA SOLCA Film) 制作 坂本企画 制作協力 (同)尾崎商店 【ストーリー】 生まれながらに争いを止めるための停戦使節として作り出された娘たち。 彼女たちは、白い旗を持ち、白い思想を持ち、 その汚れのない命を血に染めながら、戦場で平和を叫ぶ。 そんな娘たちの中の一つのグループが、 ある日、不思議な存在「のら」と出会う。 「のら」は、争いを呼ぶものとしてはるか昔に禁止された 「うた」を知っていた。 「うた」を知り、己を知り、世界を知り、 争いをやめさせるための争いに身を投じることになる娘たち。 人間は、私たちは、争うことからは逃れられないのだろうか? もはや白くなくなった彼女たちを、私たちは笑うべきか、悲しむべきか。 上質な不道徳をお届けする坂本企画の、SF悲劇をどうぞお楽しみに!
「わたし」
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- 最初のシーン、「娘たち」はお互いへの呼びかけが「わたし」で通じていたんですよね。全員が個人ではなく同一人物。それが戦争という混沌の中に侵入すると個性化する。戦争という男性の世界に彼女たちが侵入したように見えたんです。女性性も宿って、個人としての進退が問われるようになる。前半のシーンからすると信じられないくらい鮮やかでした。
- 坂本
- 着想はそうですね、結構「あるある」な話だと思っていて。オリジナリティのある話というよりは。伝統的な、王道の踏襲だと思っています。全にして一、一にして全という存在はSFでは割とある設定なんですよね。個の生き死にをあまり問題としない種との戦いの中、様々な葛藤が生まれるという話。お客さんから見て異様な存在に映るようにはしたかったです。私たち一般的な人間とは相互理解が不可能な存在。そういう、人工的に個性が生まれないように教育すれば戦争を回避できるのではないかという割と浅い考えが大真面目に実行されてしまった……そういう考えなしの見切り発車のようなことは、残念ながら現実にも散見されると思うのですが、そういうものの歪さを描きたかったんですね。今朝創作ノートを見返したんですが、割と初期にそういう発想があったようです。
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- SFではよくある設定だとしても実際に役者が演じてるのを見ると結構気持ち悪かったですね。
- 坂本
- 役者さん達はやりにくかったみたいですね。目指しているところは分かるのに身体性が拒絶すると言うか。違和感はあったそうです。
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- 娘たちは自分たちをどのように自覚していたんでしょうね。
- 坂本
- 多分、人間って、自分達は何であるかを特別意識しなくても生きていけるんだと思うんですよね。それを考えないといけなくなったのは近代以降の話なので、娘達は自分たちが何であるかを特別に疑問に思わないし、あるいは抱くような精神年齢になる頃にはすでに死んでしまっている。たまたま優秀な個体が生き残ったらああいう風になっていくのかなと思うんですね。
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- 彼女たちが目指すようになる自由。状態としての、あるいは思想としての。彼女たちが行く道には正直言ってもほとんど希望が見えなかったのに、それでも行こうとするのがとても印象的でした。
- 坂本
- 生きるにあたってはある程度不自由な方がいいんですよね。安心を得るためには。状態がそんなに急激には変化しない不自由さ。彼女たちみたいに完全に何をしてもいいという状態になってしまうのは精神衛生上良くない。女性の方にもたくさん観劇していただいたんですが、「あれは女性性のための話でもある」とみなさんおっしゃってくださって。実は僕は男性なので実感としてよくわからない部分もあるんですが、そうなんだと思って。抑圧された、「自分はどこから来てどこへ行くのか」、「自分とは何者か」、「自分は何をして生きていけばいいのか」、「この、自己を制限する何ものかはいったい何だ?」という思春期の葛藤の解放が、女性にとってはまた別の意味をもって迫ってきたらしいです。
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- 個性が確立されていない少女が社会に適応して女性になると同時に彼我を認識する話だから? でも別に男性も同じようなものですしね。
- 坂本
- 分からないですけど、性的に未分化な状態の葛藤と、女性史における抑圧はきっと繋がってる話だと思うので。僕たち男性はたぶん、比較的緩やかに大人になるんですけど、女性はまた違うのかなと、突然、事故のように、外部から大人の女性たるを押しつけられる。あるいは、男性というのはきっと、生物の連綿たる継続性から言うと、狩や戦闘などに特化した特殊ユニットですから。生物としては、雌雄が分かれる前から存在する、次代を直接的に産む能力を持つ種類の方が基本ユニットのはずなんです。そういう意味で、女性にも受け入れられる、いわば普遍的なテーマに到達できているんだったら良かったなと思います。いわゆる男の子的な、ミリタリーロマンで終わってしまうのは、この作品にとっては「違う」と思うので。それはそれで面白いんですけどね。
月に行く話
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- 坂本さんが演劇を始めたのはいつからなんでしょうか。
- 坂本
- ちゃんと始めたのは大学の演劇部からでした。
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- 演劇部に入ろうと思ったのはどんな経緯があったんでしょうか。
- 坂本
- 入ろうと思っていたのは実は中学生からです。元々関西の人としては珍しいのかもしれないですが、お笑いではない演劇やミュージカルに親しんでいる家庭で育ったので。ミュージカルやりたいなと、中学高校と合唱部でコーラスをやっていました。で、中学校の文化祭で脚本を書いたところ面白くて、大学でそれを専門でやろうと。
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- 坂本企画とはどんな団体なんでしょうか。
- 坂本
- 学部を卒業するタイミングで、まだまだ演劇をやりたいという有志が集まって一本公演を行ったのが最初でした。結局僕がやりたいことをやるという団体として、12年ぐらい続けています。
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- 私は坂本企画さんに出会ったのが遅かったんですが、どの作品もとても面白かったです。一番最初に書かれた脚本というのはどんなお話だったんでしょうか。
- 坂本
- SFです。ざっくり言うと、月とか火星に自由に旅行に行ける時代の宇宙船パイロット話で、そんな時代なのに、主人公は、他の星には行かず惑星間宇宙ステーションと地球の間の運航しか担当しないんです。月旅行黎明期にシャトルの事故で仲間たちを失った過去から、絶対に中継ステーションまでしか、それも月が見えない時間帯にしか操縦しない男。過去と現在の葛藤を描いたお話です。確か、Cry for Me on the Moonというお話でした。
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- ありがとうございます。いつか拝見したいです。戯曲を書くときに例えばどんなことがあると書きやすいですか?
- 坂本
- クライマックスシーンですね。そこから逆算して書きます。「娘たちのうたわない歌」でいうと、ノラが彼女たちに「私は戦争を知らない世代だっただからあなたたちに教えてあげられることは何もない」と言うシーンから。ただこの書き方は絶滅危惧種らしくて。大体の戯曲講座では、よく冷蔵庫の例が挙げられるんですが、まずその中に何が入っていたら面白いかを連想して物語の始めからどんどん発想を膨らませて書いていくそうです。
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- その情景をはっきりとつかめたらすごいですよね。言葉にするのは努力すればできるかもしれませんが、降ってきた物をつかめるかどうか。
- 坂本
- 大切なのは健康ですね。自らを健康な状態に置いとかないとなかなか難しいと思います。それと、締め切りがないとどうしようもないです。大学時代から含めると3,40本は書いていますが、書くということは本当によく分からないです。一回も「掴んだ」という手応えはありません。さすがにある程度の勝ち筋は見えるようになりました。でも毎回が賭けです。
質問 前田 愛美さんから坂本 涼平さんへ
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- 前回インタビューした前田愛美さんから質問をいただいてきております。「はなしたくない人はいますか?」
- 坂本
- 特定のこの人、というのがあるわけじゃないんですけど。話を聞く気がない人とは話したくないですね。自分のことを話したいだけの人とは話したくない。僕の言葉を耳に入れる気がないなら、僕じゃなくてもいいじゃないと。で、僕の方は口を挟まずに聞いちゃうんですよ。
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- それはすれ違うだけですね。
- 坂本
- その人の話だけを聞く日ならいいんですけどね。
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- 実はこの質問はちょっと意地悪で、「はなしたくない人」と聞いて「会話したくない人」と取るか「手放したくない人」と取るかお任せするというものでした。
- 坂本
- 放出の方ですね。
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- そちらの方も伺ってよろしいでしょうか。
- 坂本
- うーん、家族であるとか妻であるとか、よく出演してくださっている俳優さんやスタッフさん。さっきと逆で、前提条件が共有できる人ですかね。会話をはしょれると言うか。ある程度時間をかけて作り上げてきた人間関係、信頼。ある程度気の合う人でも積み上げた信頼がないとうまくいかないこともある。信頼があってもうまくいかないこともあるんですが、お互いが丁寧に接してきた時間というのを無駄にはしたくないということですね。
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- お互いへの信頼は大事ですよね。
- 坂本
- 逆に質問したいんですが、「はなしたくない人」と聞いて、「離したくない人」と取る人っているんですか?
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- いや、分からないです。
- 坂本
- インタビューを受けているというバイアスがあるから「話したくない人」と取る人が多いんじゃないですかね。
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- 前田さんは当初、「放したくない人」の意があったそうですが、私はまずどっちか分からなかったのが面白くてこの質問にさせてもらいました。日本語だけじゃなく、色んな言葉にこういうのはあるんでしょうね。意地悪な質問で失礼しました。
- 坂本
- いえいえ。
クライマックス
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- 作品のクライマックスをつかむというお話について。稽古期間と色々な人の労力を掛けてようやく劇場でたどり着くものだと思うんですが、それでもやはりまだ足りないピースがあると思うんですよ。人の力でどうしようもならないこと。これに関しては祈るしかないんでしょうか。
- 坂本
- それは、物語の内容ですか?演劇を作る上での事ですか?
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- 例えば嫌と言うほど作りこんでもお客さんというのはランダムで、それぞれの主観は別々で、その日の何かノリというものがある。10人の観客のうち6人が集中していたとしても、残りの4人の意識がそれぞれバラバラになっているならそこに熱狂は発生してくれない。この辺りってどうしようもできないかもしれないですが。
- 坂本
- それはつまんない答えになってしまうんですが、人事を尽くすしかない、という答えになっちゃいます。その人事の内訳なんですけど、キャストさんやスタッフさんの中に、「この要素違うな」という部分を持っている方にも参加していただくことです。この人はピッタリだ、というよりも、必要十分だけどちょっと僕の初期構想には都合の悪い部分を持っている人。
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- それはなぜですか。
- 坂本
- 結局、僕が見るわけではないので。ブレとか滲みとかいうものを発生させる余地を作っておかないといけないですね。キャストや観客だけじゃなく、劇場という場そのものもブレ・揺らぎを持つ一つ一つの波が合成して大きなうねりになる可能性がもちろんある。その発生源を潰さないという事ですね。困ることになったとしてもあえて残しておく。
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- うねりを発生させる可能性としてバランスブレイカーも入れる、ブレや波を制限したり管理するのではなく見守って期待するということですね。
- 坂本
- 後は稽古場で100%理解しておかないという事で、生の気付きに勝るエンターテイメントはないので。シナプスが繋がって発火する瞬間は、おそらく誰にとっても快楽だと思うので。
準備の時間
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- 今後どんな感じで坂本企画さんは進んで行かれますか?
- 坂本
- ちょっと生臭い話、コロナ禍の中での上演でお金もだいぶ失ってしまったので。一旦は準備期間です。一つは今までで最大規模の公演を打とうと思っていて、そのためにしばらくは準備をしようかなと。あとは、30分から1時間の公演をその準備期間の間に挟んで行ければなと思ってます。
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- お客さんがたくさん入れられるようになりたいですね。
- 坂本
- それでお客さんが入って、ある程度ロングランができないと借金まみれになってしまうので。ミュージカルがしたいんですよ。そのための準備の時間をかけていきたいです。
大阪駅から行く青春18きっぷの旅
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- 今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントを持って参りました。
- 坂本
- 本ですか?開けてみてもいいですか。
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- どうぞどうぞ。
- 坂本
- ああ、これは。
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- 大阪から行けます。
- 坂本
- 精進湖まで行けるんですね。奈良とかは近くていいかもしれませんね。
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- 今行けるかどうかは分からないですけどね。