演劇人にインタビュー 頭を下げれば大丈夫

河井 朗

演出家

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時代の変遷をなぞる

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今日はどうぞ、よろしくお願いいたします。週末に『殺意(ストリップショウ)』の再々演を控えたタイミングで非常にお忙しいこととは存じますが・・・。
河井 
いえ、ありがとうございます。
__ 
私は京都での再演を拝見できました。とにかく主演の渡辺綾子さんの演技が大変素晴らしく、ずっと夢中になっていました。まず伺いたいのですが、この作品を選んだのはどのような経緯があったのでしょうか。
河井 
マネジメントの面で言えば限られた予算と座組で出来る作品で選んだということがありますが、ルサンチカで作ってきた作品の性質というところでも通じています。これまで、ルサンチカでは現代に生きる人たちへのインタビューを通じて作品を作ってきたんですが、この作品はいまの現実の世界に通じるところがすごくあると思うんですね。
__ 
というと。
河井 
今年のルサンチカのラインナップを並べてみると、戦前・戦中・戦後をなぞる作品群にもなっていると思います。2月にロームシアター京都で上演した「GOOD WAR」。「あの日」をテーマに色々な人に話を聞いて作った作品です。5~7月は「殺意」で戦中戦後を扱いました。9月に太田省吾さんの「更地」。戦後のことを考えた作品になるのかなと思います。そして11月は東京での生活をテーマに取り上げようと思います。東京は夢の集まる場所ではありえるので、更地の上にディズニーランドが立つような。そういうラインナップが出来たらいいですね。
__ 
戦争で出来た穴を更地にし、その上で人の営みがあり、夢を巡ってさらなる戦いが生まれるという。河井さんは時代とともに人がどう争うのかを追いたいんですかね。
河井 
もう戦場を経験した人なんてほぼいないじゃないですか。でもいつかそういう日がまたくるかもしれない。いまでも怖いニュースがいっぱい流れてますし。だから今の我々の生活の延長線上にある争いから過去に逆行していって。そこから未来を考える契機になれば。
ルサンチカ

河井朗が主宰、演出する実演芸術を制作するカンパニー。ここ近年は年齢職業問わずインタヴューを継続的に行い、それをコラージュしたものをテキストとして扱い上演を行う。そのほかにも既成戯曲、小説などのテキストを使用して現代と過去に存在するモラルと、取材した当事者たちの真実と事実を織り交ぜ、実際にある現実を再構築することを目指す。(公式サイトより)

『殺意(ストリップショウ)』

公演期間:2023年7月28日(金)~7月30日(日)会場:北千住BUoY 地下スペース。

記録とドラマ

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河井さんは何故、インタビューを通じた作品づくりをしているのですか?
河井 
生きるってどういうことなのかな、ということをずっと考えていて、まあそれはみんなそうだと思うんですが、僕だけの力では答えが出ない。だからインタビューをしていたんです。そうしていくうちに、やっぱり人それぞれの考えがあることを強く感じたんですね。「殺意」の緑川美沙は、とてもドラマチックな展開で生きていました。でも僕がインタビューしてきた方たちも、ドラマじゃないですけどドラマチックなんですよ。それをそのまま舞台にあげたら引かれてしまうぐらい。
__ 
生きてる人間ですからね。多少はそうですよね。
河井 
それらをノンフィクションとして取り上げると搾取的な構造になるので、それは避けてコラージュという形を取っているんですが。「殺意」も、やっぱり記録として扱いたかったんです。この戯曲は緑川美沙によるモノローグという形式の記録。つまり緑川美沙が喋ってはいるものの、三好十郎の語った言葉という扱いに出来るんじゃないかと僕は思っています。となると、緑川美沙を誰かが演じれば、三好十郎を語るということになるんじゃないか。インタビューをずっとしているという観点からすると、そういう形になったんじゃないかと思っています。
__ 
完全なファンタジーではなく、記録を上演するという感覚。そして河井さんは、まず記録をしたかった?
河井 
記録をするということにまず切実な意味がある。思い出でも全然いいと思うんですよね。媒体には刻まれていないけど、脳みそには残っている。それを書いて残すことに意味はものすごくあるんじゃないか。残したいという欲望が、少なからず人にはあるんじゃないか。それを読みたいと思う人もきっといるだろうなと思っています。作品を上演したい欲望というのも、記録への欲望が根底にあると思います。

ギリギリのところしか

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ですが、取材と上演の間には編集がありますよね。舞台の場合は演出ということになると思いますが、そこには言わばオリジナリティが出てくるのではないかと思うのですが。
河井 
自分にオリジナリティはないと思ってはいるんです。ただ、ここ最近は距離を置くことに気を付けています。記録を扱っているわけなので、ドラマチックにはやれないなと思ってるんですね。結果的にドラマチックにはなっているんですけれども、なるべくなり過ぎないように出演者にも音響・照明にも距離を置いてもらっています。役者のことを考えたら、大きい声で叫んだり泣いたりする快感というのはあると思うんですが、そこは僕は丁寧に省いてもらっています。ギリギリのところしか残さないように。三好十郎の新劇なので、暑苦しい演技が展開するべきだとは思うんですけどそういうのは絶対省こうと思ってやりましたね。
__ 
河井さんはそうした手触りが好きなんですかね。
河井 
役になりきる、吸い込まれるというよりは、言葉を扱うというスタンスです。それでもやっぱり感情移入しちゃったねみたいなところは、そのまましているというぐらいかな。やっぱり、記録として語るべきだと思っている。ドラマチックにしちゃいけないと若干思っています。でもドラマチックにしないと聞いてもらえないから、ある程度はするんだけど・・・でも僕は、こういう言葉があったよというお披露目会をしたいだけだから。あまり、ドラマチックが透けすぎないようにしています。
__ 
ドキュメンタリーじゃないんですけど、事実を丁寧に扱おうということなのかな。
河井 
そっちにかなり近いですね。いい例えじゃないですけど、お墓参りに行くとして、クリスマスリースを飾ったりしないじゃないですか。花を飾るだけで済むと。
__ 
すごくよく分かります。
河井 
三好十郎の語る言葉からもう何十年も離れていて、その間の時間を知らない僕らは乗っちゃいけないんだと思うんですよ。だから僕らは距離を置いてるし、距離を置く方が事実を語れるんじゃないかなと思うんですね。

許してないし

__ 
「殺意」の最後では、殺すべき敵に肉薄し、折り合いをつけたのか許したのか分からないですけど、何か決着したと思うんですよね。そこに至るまでのドラマは、やっぱりあったなあとは思いますね。
河井 
共有も共感もある程度出来ると思うけど、やっぱり僕は折り合いは付かないと思っています。緑川美沙もああは言ってますけどショウですから、本音かどうかは分からない。いつでも殺せるんだぞとすら言っている。折り合いも許しも確定していない。「GOOD WAR」(良い戦争、と訳せますね)の取材の中で話を聞いていくと、みんな許していない。許してますか?と聞いても、許してないしその日は今のところ来ないんじゃないかと答えられてました。
__ 
・・・。
河井 
実際に渡辺綾子さんが緑川美沙としてどういう決着を付けたかは僕は関与していないんですけど、「許さなくていいよ」とは言っています。ケリの付け方は任せました。山田教授は三好十郎本人のことを指していると僕は思ってるんですよね。作家自身も転向、再転向しているので
__ 
じゃあ、緑川美沙が折り合いをつけられたと思っていたのは私が日和見主義だったのかもしれない。
河井 
一応の折り合い自体は付いていると思うんですよ。でも刀を突き付けての折り合いだったんじゃないか・・・そうした、決着の付け方というところも再演と再々演ではキャストが変わるので違いは出てきています。
__ 
やはり俳優が演技を作る。

本質

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好むと好まざるに関わらず、ドラマチックな時代であり、そして今も同じくドラマチックな時代ですから、好評なのは必然だったと思います。さて、週末に再々演ですが意気込みを伺えればと思います。
河井 
意気込みか・・・さっきまで言っていることと変わらないかな、記録として扱いたいと思います。今回の作品はとても評判が良かったんですが、ドラマチックにお客さんが回収されたのが衝撃だったんですよね。物語として消費されちゃった、って。もちろんたくさんのお客さんに見てもらいたいんですが、だからこそ「面白いものを作るぞ」というレベルではなく単純にちゃんとこの言葉を上演したいです。この戯曲は読むだけでもちろん面白いけれども、上演形式にしたほうがきっとうまくいくと思ってるだけなんです。キャストが変わったから見え方は違ってくると思いますが、本質は見失わずにありたいと思います。
写真:
manami tanaka
(インタビュー終了)