伏兵コードvol.8「遠浅」
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- 今日はどうぞ、よろしくお願いします。最近、稲田さんはどんな感じでしょうか。
- 稲田
- よろしくお願いします。最近は、来月10月に公演があるので、その稽古です。父と娘の話という事もあって、数年ぶりに田舎に帰ってきました。
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- 愛媛県ですね。
- 稲田
- はい。宇和島です。
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- 「我が行路」 も宇和島でしたね。
- 稲田
- これまでの作品も、宇和島を舞台にしています。
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- そうなんですね。ご実家で、お父様と話されてきたんですね。
- 稲田
- 稽古場で出演俳優さんに台本を読んでもらった時に、「恨みでいっぱいの戯曲だ」と言われました。自分ではそこまで思ってなかったんです。父に対して恨んでいる部分もあれば、愛着もあって。ここ数年、敢えて連絡を取らないようにしてたんですが、数年ぶりに会ってみると、年老いて祖父に似てきてたんです。…泣いてしまって。これ(写真集を取り出す)。今お付き合いしてる人が、宇和島に帰郷した思い出に作ってくれたんですけど。
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- あ、これはキレイな。宇和島ですね。
- 稲田
- これが父です。年老いて、祖父に似てきてたんですよ。今までの恨みやわだかまりが消えるような気がして…戯曲にどう向き合うのかが変わった気がします。
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- ありがとうございます。そんな里帰りをされたんですね。
- 稲田
- はい。里帰りといっても、父に家を解体されて私には帰る家がないので、ホテルを取って。
伏兵コード/稲田真理
2006年、「伏兵コード」旗揚げ。主宰・作・演出を務める。2014年より、マレビトの会プロジェクトメンバーでもある。2011年「幸福論」にて、第18回OMS戯曲賞佳作受賞。2012年「留鳥の根」にて、第19回OMS戯曲賞大賞受賞。 底辺に生きる家庭環境で育った稲田が、目を向けられない歪に生きる人間の理解されない心の機微。孤独と絶望。自分自身の暗部と向き合う。演劇と現実の境目と向き合いながら、「存在の根源」「人間の本質」と深く関わろうとしてる。巡り巡って自分に立ち戻る作品は、生に強く執着していると言われている。
伏兵コードvol.8「遠浅」
【作・演出】稲田真理 【出演】蟷螂襲(PM/飛ぶ教室) 筒井加寿子(ルドルフ) 筒井潤(dracom) 安元美帆子(sunday) 【日程】 2015年 10月9日(金)19:30 10日(土)14:00/18:00★ 11日(日)14:00 12日(月)14:00/18:00★ 13日(火) 19:00 ★アフタートーク 10日(土)18:00・・・松田正隆(マレビトの会) 12日(月)18:00・・・長塚圭史(阿佐ヶ谷スパイダース) 【会場】シアトリカル應典院 【料金】前売:3000円 当日3500円 U-23:2000円 中・高校生:1000円
伏兵コードvol.7「我が行路」
公演時期:2015/2/6~9。会場:シアトリカル應典院。
距離
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- 次回公演は「遠浅」(とおあさ)。どんな作品になりそうでしょうか。
- 稲田
- チラシには父と娘の話としていますけど、ギャンブル依存症の人間とその家族という見方もあると思いますし、地方と大阪の話でもあり、自分の家族の事を他者に話す時の距離の話でもあり。全てに対する距離の話ですね。
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- 彼我の差、距離についてを考えるお話なんですね。まず、故郷から離れて大阪に来られた稲田さんは、いまはどんな気持ちでしょうか。
- 稲田
- そうですね。それには、まずこれまでの自分を言わないといけないと思うんですけど。
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- お願いします。
- 稲田
- 私が1歳に満たないぐらいに、父母が離婚したんです。私を誰が引き取るのか、となったときに、父方の祖父母が「引き取る」と言ってくれて。だから私には、祖父母に対して育ててくれた恩があるんですね。でも、演劇をやりたいために、宇和島から大阪に出て・・・。だから、自分に対して「恩を返していない」という自己嫌悪と「楽しんではいけない」という強迫観念があったんです。そういう事も含めて、「距離」は私の思いを引き出すのかもしれない。
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- そうして故郷から離れてしまった為に出来た距離。
彼岸のひと
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- そんな物理的な距離があるから起こってしまう、精神的な距離、分かり合えないであろう彼岸との距離。
- 稲田
- そうですね。どちらかと言えば私的な事を作品に書いてきたので、「分からない」とおっしゃる方も多かったです。「登場人物は、狂ってる人ばかりですね」と言われたり。でも、身近の人間を思うと、とても狂っているとは思えなくて。それなら、私自身も狂っていることになると思いました。
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- そうですね。私は思うんですが、人は一人で病むのではない。他者との濃い関係がそれを生むんじゃないかなと。他人との無理解があるから小競り合いが起こる。例えばそれが暴力・抑圧に発展したとして、被害者が虐待者に忍従してしまったら、その被・支配関係が人格に悪影響を与えない訳がない。もちろんそんなもの虐待者が悪いに決まってるんですけど、被害者が虐待者の精神を歪めていく構造だってあるわけですよね。
- 稲田
- 最近、父のギャンブル依存症の原因が、祖父母にも私にもあるんじゃないかと思うようになってきて。
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- そうなると、難しいなんてものじゃないですね。ただ、稲田さんという娘の存在が大きなものであった事は間違いないと思っています。
- 稲田
- そうですかね。父には、父という概念がなくて友達感覚なんですよ。「破綻してるなあ」って父に思うんですけど、愛着はありますね。
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- そうなんですね。ちなみに、お父さんに懐いていた?
- 稲田
- やっぱり、父のことは大好きだと思いますね。だから、父に対してはアンビバレントな状態です。愛も憎もどっちもある。
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- ご自身ではそうしたご自分のあり方が、おかしいだとか歪んでいるだとか思われる事はありますか?
- 稲田
- 難しいですね。
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- ええ。
- 稲田
- 父が祖父母に甘えたように、私も親というものに甘えたかった、それが出来なかったですからね。生まれ変わったら、この人が父親じゃないければいいなって思いますよ。愛着はありますけどね。
「伏兵コード」
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- 伏兵コードで作品を作る時、お客さんにどうみてもらいたいとか、そういう事はありますか?
- 稲田
- 作品の最後でカタルシスのような、これが正解です、みたいな事はしたくないと思ってます。そうそう簡単に解決することなんて、私が生きてきた中で、無かったですし。ただただ、日常が続いていくだけ。
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- はい。
- 稲田
- 例えば、犯罪を犯した犯人を擁護する気持ちは全くないんですけど。そこに至ってしまった、環境や、生い立ちや、事情や。なぜ、そうなったのか。そんな考えで見てもらったら。
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- 欲求を処理する方法が見つけられなくて犯罪になってしまったり、疎外感による犯罪とかも多いですね。
- 稲田
- 根本には、寂しさがあると思うんですよね、「愛されてきた実感」がない人間。私は被害妄想の固まりで、自分にも自信がないですし。人の顔色を伺ってしまったり。今の自分は、生い立ちの中で形成されて来たじゃないですか。…本当に、他人事じゃないなって思います。私、よく犯罪起こさなかったなと思うことがあるんです。
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- 誰の心にもあるけれど、寂しさですよね。「親から無条件に愛される」ことの重大さ。
- 稲田
- でも、愛されすぎても問題なんですよね。色んな方と作品を作らせてもらって、ようやく分かってきました。
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- 子供は自分の家庭環境を選べないし、自分の人格を形成したり出来ないし。
- 稲田
- そうですね。選んで産まれて来れたらいいんですけどね。
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- 地域で問題のあるご家庭に訪問するような役割の方が、例えばケースワーカーとか・・・まあ、どこまで口を出せるかというのもありますけれど。
- 稲田
- 産まれた環境で人間が形成されていくから。不思議だな、奇妙だなと思いますね。
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- 稲田さんは、今は幸せなんですか?
- 稲田
- そうですね。好きなことができて、以前よりは感情をコントロールできるようになって。そういう意味では幸せだと思います。
質問 塩原 俊之さんから 稲田 真理さんへ
分離してた
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- 塩田さんに、稲田さんと伏兵コードを紹介する時にですね「関西で一番暗い芝居をする人だ」と紹介してしまいました。勝手に。申し訳ありません。
- 稲田
- いえいえ、全然。むしろ、有難いですね。
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- 申し訳ありません。でも、稲田さんはkittとかにも出演された時は笑いも出来るんですよね。
- 稲田
- 20代の頃は、遊気舎という劇団で飛び道具担当でした。当時はよく「何も考えてないでしょ」って言われることが多かったんです。当たり前ですけど、言わなければ分からないものなんだと感じましたね。そんなところから、戯曲を書こうと思ったんです。
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- それは・・・
- 稲田
- 父親がギャンブル依存症で、この先どうなるか分からない、切羽詰った状況でも…当たり前ですけど、言わなければ分からない。奇妙だなと思いましたね。
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- 辛かったでしょう。
- 稲田
- 父のことで、何回も死のうとしたことはありましたね。
松田正隆さん
- 稲田
- さっき、紹介してくださる時に「暗い」と仰ってたじゃないですか。私は有難いと思うんですよ。私、師匠のような恩師がいるんです。マレビトの会 の松田正隆さんなんですけど。いま、私は、マレビトの会のプロジェクトメンバーでもあって、劇作家協会研修科の松田正隆ゼミに入ってます。奨めてもらった本や映画を見ては感想を伝えて、というのをここ何年かしてます。今回の「遠浅」の元になる戯曲は、去年、劇作家協会研修科の松田正隆ゼミで書いたんですよ。それを読んでもらった時に、松田さんに「暗すぎてクラクラする」と言われました。
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- おお。
- 稲田
- 「何も言えない」って。今回の公演で頂いたチラシコメントみたいに、「どうかしてる」と思われたんじゃないですかね。OMS戯曲賞で佳作や大賞を頂くまで、勉強不足で知識がなかったです。今もそんなに変わらないですけど。その頃は、松田さんの戯曲も読んだことがないし、作品も観たことがなくて。知りあえて、本当に良かった。心底思いますよ。
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- そんな関係、ずっと続けばいいですね。
マレビトの会(marebito theater company)
2003年、舞台芸術の可能性を模索する集団として設立。代表の松田正隆の作・演出により、2004年5月に第1回公演『島式振動器官』を上演する。2007年に発表した『クリプトグラフ』では、カイロ・北京・上海・デリーなどを巡演。2009, 10年に被爆都市である広島・長崎をテーマとした「ヒロシマ―ナガサキ」シリーズ(『声紋都市―父への手紙』、『PARK CITY』、『HIROSHIMA―HAPCHEON:二つの都市をめぐる展覧会』)を上演。2012年には、前年の3月に発生した震災と原発事故以後のメディアと社会の関係性に焦点を当てた『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』を発表した。「ヒロシマ―ナガサキ」シリーズ以降、集団創作に重きを置くとともに、展覧会形式での上演や、現実の街中での上演、インターネット上のソーシャルメディアを用いた上演など、既存の上演形式にとどまらない、様々な演劇表現の可能性を追求している。 (公式サイトより)
あれから
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- 地域に住まう人々、というテーマが2011年に上演された「木菟と岩礁」 では大きく取り上げられたと思っています。あれから数年経ちましたが、もし何か心境の変化がございましたら伺えればと。
- 稲田
- 根本は何も変わってないと思います。でも松田正隆さんから影響を大きく受けていて、手法に対して少し意識が変わりましたね。
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- というと。
- 稲田
- 現実を赤裸々に表現しようとすることで、もしかしたら遠ざかっているんじゃないかと。アラン・レネの「24時間の情事」を見た時にも感じましたね。
- __
- 言いにくい本音をありのままに言わせる、という事が、現実から遠ざかっている?
- 稲田
- 感受したことを伝えきることはできないんですよね、今更ですけど。物語ではなく、出来事の連なりを書きたいと考えていたんですけど…本当にそうなのか。フィクション化する事で見えるものがあるんじゃないか、と思っています。
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- これは私の考えに過ぎないんですが・・・作品の切り口を見つけだすのが作家の仕事だと思っています。そして、切り口を観客に「向けるのか」「向けないのか」。稲田さんが悩んでいるのは、あえて「向けない」ようにした方がいいのではないかという事でしょうか。
- 稲田
- そうですね。ずっと問うて、悩んでいくのだと思いますね。
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- 上手な手法を使ってフィクション化すべきなのだろうか。
- 稲田
- 私が海端で生きて育って生きてきた事が根本にあるので、根本は変わらないですけど。…難しいですね。
伏兵コードvol.5「木菟と岩礁」
公演時期:2013/1/25~28。会場:in→dependent theatre 1st。
日常
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- 役者には、何を求めますか?
- 稲田
- 面白がってくれる感覚と、素直さですかね。あとは、日常どう生きているのか、すごく興味があります。
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- その人の日常。
- 稲田
- そうですね。何を見ていて、何を考えて、何を無意識に見ていないか。それはやっぱり、滲み出てくるんですよ。
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- 主意識を言葉を使って考えている領域として考えた時、そこで取り上げられなかったものの不在性がくっきりと浮かび上がってくる。面白いですよね。意識していない部分。推理小説とかでよく犯人を特定するのに使われる部分。稲田さんは何を見ていないんですか?
- 稲田
- 何を見ていないか…自分のことになると難しいですよね。
試し続ける
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- どんな演劇が作れるようになりたいですか?
- 稲田
- 目指したいものに、簡単に到達したりは出来ないと思ってるんです。試すことを、ずっと続けてはいくと思うんですよね。映像と演劇の違いも、探りたいなと思ってます。
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- というと。
- 稲田
- 例えば松田さんは「長崎を上演する」という作品で、複数の劇作家と作品を作っています。被爆した歴史的な意味の長崎ではなく、日常の長崎を描く。私は長崎ではなく、愛媛出身なので、私を生まれた時から見てきた、宇和島を描きたい。でも、宇和島の日常をどこまで描けるのか。その戯曲に合った演出の手法を開発出来たらと思ってます。映画は大半暗い映画が好きなんですけど…ヴィットリオ・デ・シーカの「自転車泥棒」が好きなんですよ。見過ごされそうなことを映画にする、倒れそうなくらい辛い現実を、ああいう風に見せるという事を自分なりに出来ないかと思ってます。エドワード・ヤンの「恐怖分子」や、アンドレイ・タルコフスキー、ジョン・カサヴェテス…好きな映画監督は他にも沢山いるんですけどね。
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- これからお芝居を始める若手に何か一言頂ければと思います。
- 稲田
- 演劇だけではなくて、日常や事件、貧富の差や時事問題。そういう現実にも興味を忘れないでもらうのはどうでしょうかね。
栗の和菓子
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- 今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントを持って参りました。
- 稲田
- ありがとうございます。私いつも思うんですが、これはわざわざ選んで下さるんですよね。それが感激ですよね。
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- いえいえ。どうぞ。
- 稲田
- (開ける)何でしょう。あ、栗だ。
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- 栗のお菓子です。
- 稲田
- 私、栗大好きですよ。大事に頂きます。