学校と私と
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- 今日はどうぞ、よろしくお願い申し上げます。いま京大の教育学部で学ばれている柳沢さんにお話を伺います。聞くところによると今は節目の時期だと感じておいでとの事で。でも、そんな春先だからこそ伺える事もあるんじゃないかと思っております。さっそくですが、柳沢さんと教育の出会いを教えてくださいますでしょうか。
- 柳沢
- よろしくお願いします。出会いですね。それは血、ですかね。実は父方の家系に、教師が続いていまして。学校に通っている時代は、何かしら感じてしまっていたんです。血筋が騒いでしまうというのがずっとあったみたいで。
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- 教室の中で、自分が受けている教育の中身を考えてしまったり?
- 柳沢
- はい。
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- ある意味ふまじめな生徒かもしれませんね(笑う)。という事は、ご家庭でも頻繁に教育に関しての話題はあったんじゃないかと思います。もうお子さんの頃からそうした意識が向いていたのかもしれませんね。これもざっくりとした伺い方ですが、柳沢さんは、教育の事をどう考えていますか?
- 柳沢
- 世代間のギフト、という言葉で今は考えています。教える、という行為はやはり世代を跨いでいて、そして、教える側が上の世代からもらってきた知恵や経験を後の世代の糧にしてほしいと願う行為。その子に一番、なんだかんだ、幸せになってほしい。
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- そんな思いが根底にあるんですね。
- 柳沢
- それから、「ギフト」という言葉には「毒」という意味もあるという。そんな二面性を教育もはらんでいると。私の今いるところの教授がそういう捉え方をしているというのもありますが。
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- 「世代間のギフト」と聞いて思い出したんですが、児童虐待についての認識−虐待されて育った子供は自分の子供を虐待するようになる−を持つ世代が親になる初めての世代らしいですよ。教育は進化しているという見方もあるかもしれませんね。
- 柳沢
- 確かに。
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- 教育に対する価値と期待は、この晩婚・晩産・少子化の現代において、どんどん上がっているように思います。情報化社会の中、手法が洗練されていく部分も多いと思うんです。おかげで「最近の子はみんないい子だ、大人しい」という声も多い。そんな感じがしませんか?
- 柳沢
- 最近の子供が大人しいという事は、私自身も感じたりしていましたが、これという理解はなくて。まず、本当にそうなのか、それが果たしていいのかどうか。もちろん割り切れない事なんですけどね。
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- そうですね。
ウトイペンコ
主宰、柳澤友里亜。 演劇という表現媒体のユニークさを模索したい。 日頃の本業を問わずに人を集める。詳細未定。
ずっとセンセイ
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- 確か、教育実習に行かれたそうですね。いかがでしたか。
- 柳沢
- 楽しかったです!クラスの中学生が、とにかく、良いなあと思いました。可愛いというのとは違って、もう、好きで。それから、職員室での先生の、これまで知らなかった仕事や姿にも感銘を受けて。とても嬉しい経験でした。楽しかった・・・不思議と頑張れました。
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- 素晴らしい。学校はどんな雰囲気でしたか。
- 柳沢
- なんか、元気ですよね。「最近の子どもは大人しい」というのも分かるんですけど、授業時間内で元気な子も、時間外で元気な子もいました。
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- 学んできた事を3つ上げるとしたら?
- 柳沢
- まず生活サイクル、やっぱり24時間、教師として回っている生活なんだなあと思いました。それから舞台裏。先生はこんな事までやるんだなあ、って。それと、生徒たちの顔。この子はこんな顔をするんだ、といちいち感心していました。
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- 24時間教師でいなくてはならない。教師は生徒に顔を見られる仕事で、同時に、生徒の顔を見る仕事でもあるんですね。生徒が何を感じて、何を考えているのかについてを見つめ続ける仕事なのかもしれませんね。そういう意味では俳優と観客の関係に似ているかもしれませんね。
- 柳沢
- そうですね。けれど、生徒が観客というよりは、共演者というのが理想的なのかもしれません。教室って、劇場じゃないなあと思います。
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- 劇場以上に、相互のコミュニケーションがある空間なんですね。考えてみればそうですね(笑う)さて、次に「24時間教師でいる」という事。生徒に姿を見せ続けるという事でしょうか。
- 柳沢
- いえ、実は逆の事も同時に思っていて。子供は全部を見て、でも勝手に考えて勝手に越えていくじゃないですか。教師がそんなに完璧でいる必要はありませんし、反面教師もありだと思います。でも、嘘は付けないんだなあという事は改めて感じた事の一つでした。私は全然出来ていないなあと感じました。背伸びして言ったところで多分伝わらないだろうし、背伸びしないで甘んじているのも違うし。難しいですね。
記憶の中の笑顔
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- どんな先生になって、どんな関係を生徒と築きたいですか?
- 柳沢
- その先生を思い出した時、笑えるような先生になりたいです。そういう意味では滑稽でも良くて。「あいつしょうもなかったな」と思われて、でも笑ってもらえるような。
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- なぜ、そう思われるのですか?
- 柳沢
- そういう先生が多かったから、いや滑稽という意味じゃないですよ、勇気が湧くような思い出を受け取ったんです。その人の笑顔を、必ずしも思い出さなくても、険しい顔だったとしても、思い出せばキュッと、前向きになれるような気がするんです。
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- もう既にそうなっているのかもしれませんよ。ちなみに、科目は何を担当されるお考えですか。
- 柳沢
- 英語です。英語というのは別に長けている訳ではなくて、でも高校の頃は英語劇部だったんです。そこで発音とかを叩きこまれて。面白いなと思って。演劇と教師が繋がってるんです。
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- その先生を思い出した時に笑えて、勇気が出るような。
- 柳沢
- 関係性は、あくまで教師と生徒がいいかなあ。あっ、カッコイイ先生になりたい。小学校の卒業文集に、「カッコイイ大人になりたい」という夢を書いていて。その頃からの夢だったんですね、きっと。・・・ここまでの話しで、教師になるという前提で話してますが・・・教師になるというのは、「いつか」なろう、というお話なんです。でも私の核の部分にあるので、それは必ずなると思います。
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- 私も柳沢先生に習いたかったです。
TV講義ってどう?
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- ここからちょっと難しい質問です。ネットでの中継教育についてどう思いますか?
- 柳沢
- 嫌い。ヴァーチャルな教育が嫌いなんですね。その場にいない関係で教育が為されるというのが嫌いだと思う。
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- その場にいるというのが大切なんですね。
- 柳沢
- そうなるとメディアの問題で、究極的には本ってどうなんだってなっちゃいますね。
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- TV電話があんまり好きじゃないという事?
- 柳沢
- あ、それは別に。技術の進歩は素晴らしいと思います。そこに教育が絡むと好きではないですね。何かが違う気がするんです。受験生時代に予備校に行く事があって、周りではTV講義もやっていましたが、ずっと違和感がありました。
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- 媒介物の無い状態でのコミュニケーションに価値を見出している?こうやって、目と目で、自分を掛けているやりとりの物凄さ。
- 柳沢
- あ、そうですね。物凄さです。
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- じゃあTV授業は違いますね。
- 柳沢
- もう、無くて良いと思うんです。色々勿体無いです。ブチ切れてますね私、受験生時代はそういうところで切れてました。TV電話だったら画面越しにいる人との関係がまずある。だから一概に否定は出来ないんですけど。
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- でも、教育は人間同士の信頼を同時に培っていくものだから、そういう意味で順序がおかしいという事ですね。
私の中のストッパー
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- この質問はするかどうか迷っているんですが、いじめ教育についてどう思いますか、まあもちろん難しい問題ですね。子どもの頃にいじめにあったりした経験、誰にでもあると思う。集団の中にいたら、どうしても起きてしまうものなのではないかと思っています。起こってしまう事について、完全に頭から拒否するのはそれこそ難しいと思う。どんな考え方も出来ると思うけど、どうだろう。
- 柳沢
- 今の話、奥深いなあと思います。いじめを抽象的にみるととても人間らしいと思いますし、一方でとても醜いと思います。教育の文脈で語られる事が主ですけど、社会でも大人でも、メディアがやっている事もまさにいじめだと思って反発を覚えます。でもそれは大人がやっている事だから特に嫌なんじゃないかなと思っていて、大人になったらするな、されるな、という事を思います。
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- 土田英生さんとのインタビューで、みんな浮気をしたタレントをいじめているけど、恋なんだからしょうがないじゃないか、と。陰口を言い募る前に、やっぱりストッパーを持つ事が大事なんじゃないかなと思う。
- 柳沢
- でもそんな風に思えるのは、子供の頃にそれを経験しているからですよね。それが起こっているからそう思えるのであって、子どものいじめに関しては、大人が口を挟む事もあるとは思いますけど、必ずしも防ぐものではないような気もする・・・でも難しいですよね、難しいって何回言ってるんだ。でも取り返しの付かない事に発展する場合もあるから・・・
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- 子供の頃のいじめは、誤解を恐れずに言うと、どこかでみんなが経験しないといけないものなのかもしれませんね。
歌う教室
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- 授業で使いたい、スペシャルな教材とかってありますか?もしあれば教えて下さい。
- 柳沢
- ああー、歌。歌いたいですね。あと、3つめの言語を使いたいです。日本語、英語のもう一つの言語。ドイツ語とかフランス語とか。何なら自分でも読めない、アラビア語やロシア語とか。
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- 生徒は少し困惑するかもしれないですけど、やってみてほしいですね。
- 柳沢
- あ、実はその授業を受けた事があって。一つの言葉に対して、この言語だったらこう表現する、この言語だったらこう、みたいに次から次へと。その時のワクワク感がまだ残っているんです。
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- 分かります。なんでしょうね、あのワクワク。
- 柳沢
- モノに付けられた言葉が、そうなる前に戻って別の言葉になる、その感覚が好きなんです。
質問 脇田 友さんから 柳沢 友里亜さんへ
ベビー・ピー「ふまじめな絵本」
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- さて、そろそろ演劇の事をお話出来ればと思います。ベビー・ピー「ふまじめな絵本」、お疲れ様でした。面白かったです。
- 柳沢
- ありがとうございます!
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- 柳沢さんの、お姉ちゃん役と孫娘役が大変良かったです。宇宙遊泳で、孫娘がただただ驚いた顔をしておばあちゃんの歌の世界を漂っている様が良かったです。
- 柳沢
- あそこはもう、指示は無かったので、もうこっちも楽しもうと思って。
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- 大熊ねこさんはとても良かったですね。あれはもう、素晴らしかった。
- 柳沢
- はい、ほんとうに。凄い方に囲まれて。
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- しかも最後の方は、日常会話の家族劇だからね。何故あの後にそれが出来るんだろう、って。
- 柳沢
- ベビー・ピーには、去年は6月から断続的に地方での公演に出させて頂きました。その都度、自分が出来ない事に気付かされるんです。Facebookには「憧れの劇団への参加で、夢叶った」って書いてますけど、でも実際は・・・自分の出来ない事があんまりにもあらわになるので・・・大変ですね。
ベビー・ピー
2002年旗揚げ。拠点は京都。野外テントなど劇場外スペースを活用して、題材も公演自体も「祭り」にこだわった作品を毎回上演している。また、アーティスト・山さきあさ彦が製作するぬいぐるみ(山ぐるみ)を使った人形劇、漫画「ジョジョの奇妙な冒険」を再構築した「ジョジョ劇」など、既存の枠組みにとらわれない活動を全国各地で多数上演。2015年、『山ぐるみ人形劇 桜の森の満開の下』で、愛知人形劇センター主催のP新人賞を受賞。2016年10月、瀬戸内国際芸術祭にて新作を上演予定。
ベビー・ピーの短編集『ふまじめな絵本』
公演時期:2015/12/18~21。会場:元・立誠小学校 音楽室。
選ばないといけない
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- 今後、どんな感じで攻めていかれますか。
- 柳沢
- 去年お世話になったベビー・ピーと、今年も秋の瀬戸内芸術祭まで色々と関われるので。それを、去年悔いが残った分、頑張りたいです。あと・・・。
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- はい。
- 柳沢
- 教育の話をこんなにたくさんするとは思っていなかったんです。で、自分が教師になる、という話をこんなに自然にするとも思っていなかったんです。それが不思議で。演劇をやっているという事からすると、それは邪道じゃないか、と思ったりするんですね。でも今日、あ、話していいんだ、と思ったんですよ。新鮮な驚きがあったんです。
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- それはどういう事なのでしょうか。
- 柳沢
- 私の勝手な思い込みかもしれないんですが、役者として食べていくのはもちろん厳しい世界で、それが前提でみんな戦っていると思う。そこから半ばドロップアウトするような人生って、演劇に対して失礼なのかなと、結構ど真ん中で思っています。その距離感というか。
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- 私はプログラマーをやっていて、ざっくりと言うと、プログラミングと演劇の以外な近さに気付いたりして、こういう演劇活動へのフィードバックもあるんですね。柳沢さんも、教育の現場から演劇を見つめなおしたり影響を与えるという事なら、全然演劇辞めてないと思うんですよ。胸を張っていていいと思う。
- 柳沢
- うーん。辞めてないのかあ。
ジンジャーパウダーとピンクペッパー
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- 今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントを持ってまいりました。
- 柳沢
- ありがとうございます。すごーい。(開ける)あ、ジンジャーパウダーとピンクペッパー。ありがとうございます。そうなんですよ、オーガニック系の文化とは縁があるんですよ。うわああい。