演劇人にインタビュー 頭を下げれば大丈夫

三田村 啓示

俳優

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会話のリハビリ

___ 
今日はどうぞ、よろしくお願いいたします。三田村啓示さんにお話しを伺います。インタビューがとても久しぶりですので、不手際あるかもしれませんがどうかご容赦頂ければと存じます。
三田村 
よろしくお願いいたします。僕もがっつり人と話すのが久しぶりなんです。お互いにリハビリしていきましょうよ。最近はどうですか?
___ 
リハビリしましょう。最近は珍しくゆっくりしています。三田村さんはいかがお過ごしでしょうか。
三田村 
2月に北九州芸術劇場で演劇作品の滞在制作に参加してたんですが、コロナの影響で初日以降が中止、延期になって。今は、これも延期になった鳥公園『すがれる』のリモート稽古を、週に1回あるかないかのペースでしてたんですが、そろそろ一区切りという感じで。それ以外は朝から晩までずっと仕事。フリーター。
___ 
私もです。演劇をやっていなかったらこんな感じの人生だったのかなと。
三田村 
そうそう笑、何でしょうね。まあまだ、これはこれで楽しんでいる節はありますね。今は久しぶりにたくさん映画を見て、音楽聴いて、たくさん本を読んでいます。それが楽しくて。もちろん悔しい気持ちもありますけどね、ここ2年はほとんどアウトプットしかしてこなかったんで、これを機にインプットする期間にしようと思っています。
___ 
珍しく、週末なのに劇場に行かない三か月でした。演劇、全然見てません。
三田村 
でもオンラインでの演劇の配信とかはありますよね。
___ 
私はほとんど見てないです。
三田村 
あんまり食指をそそられないんですか?
___ 
申し訳ないんですが、あまりそそられないですね。それよりはNetflixの海外ドラマにはまってます。
三田村 
実は僕もどっちかと言うとそうなんですよ。ちょっとぐらいは舞台配信も見てますけど。
___ 
個人的にはまだ配信演劇と舞台上演を割り切れていないからだと思います。お芝居にリアルさやコンタクト性を際限なく追求してしまう私の性分に原因がある気がします。もうしばらくは距離を置こうと思っています。
三田村 
でもそうしていると、時代に置いていかれるんじゃないかとか思ったりしません?あと、特に知り合いがやっていると見てあげたい、見たいという気持ちにもなりますしね。
___ 
そうなんですよね。新しい挑戦なわけですから応援はしたいです。でもやっぱり私達がやりたくて始めたのは実演なんですよね、配信ではなく。そこは忘れないようにしたいです。ZOOM演劇も観客席と同じ時間軸にある以上、もちろん実演の一つの形には違いないんですけど、例えば視覚が自由に動かせないという根本的な条件がある。その辺り、私個人が慣れてくれば違ってくるかもしれませんが。

この時期における舞台のイメージ 外からのものと、こちらから打ち出すべきもの

___ 
この自粛期間における韓国での事例を読んだことがあって。どうやら向こうでは劇場は安全だというイメージを作り上げることに成功したらしく、もちろん十全な対策を打った上でのことだと思うんですが公演を延期したり中止にしたりする割合は少ないらしいですね。
三田村 
イメージの問題も大きいですよね。僕は今、大阪アーツカウンシルでアーツマネージャーをやっているんですが、先日大阪のアーティストに向けて、コロナ禍の状況についてのアンケートを募集したんです。演劇に限らず芸術活動をされている人たちへの影響を調査する目的で。結果をざっと読んだんですが、読んでるこっちも段々つらくなっていく。特に自由記述の欄に、「芸術に関する活動が労働とみなされないので差別的な扱いを受けることがつらい」というのがあって。薄々感じてはいたんですけど、実際にそう感じている人がいる。深刻な問題です。 あとアンケートを見ると、ジャンル問わず、自分自身の活動だけで食べていけてる人なんてやっぱり少数で、ほとんどの人は主な収入源が他にある。だからそもそもみんなお金になってないし、お金のためにやってない。自分の心と体を健やかに保つためにやってるようなものかなと。生死にかかわる趣味。サードプレイスっていうか。だから、お客さんに関わることと同じくらいに、活動が絶たれたアーティストのメンタルヘルスの問題と、今後向き合っていく必要が出てくるのかもしれないと思います。自分が当事者になる可能性もふまえて。あと日本では現状、芸術家というのは活動を継続させるために税金をよこせとお金をたかってる連中のようにしか見えていないというイメージが人々の間に醸成されつつあるんじゃないか。そしてそれは自粛期間が明けたとして、その日からいきなり解消されるということはない。ずるずると続いていく。
___ 
そういう分断があらわになってしまいましたね。とはいえ演劇の根本的な部分が変わるとは思えないんですよ。これからますます、演劇が舞台上で行われる様を、誰も求めてなかろうが示さないといけない。今はまだ知らぬ、演劇を見よう、やろうと思うであろう潜在的な人のためにも。
三田村 
そのあたりは本当に大事で、どうにかして繋いで来た歴史が途切れてしまう恐れも感じています。歴史は前の世代に対する、新しい世代の何らかのリアクションで創られていく側面がありますけど、杞憂であればいいのですが、これから新しい世代が出てくるのか、出てこなければそこで終わります。あと、元々が内輪のお客さんがほとんどと言ってもいい小劇場が、客席数が半分になってさらにコアなお客さんばっかりになる、友達関係者しか来なくなる、より身内化する。 ただ昔は、自戒を込めて、身内で楽しくやってるだけじゃだめやって思ってたんですけど、この状況ではおおやけへの上演からいっそ撤退して、なんというか、個々人が健やかに生きていくための私的な日々の営みとして演劇をする、みたいなことでもよいんじゃないかとか。身内だけで楽しくずっと稽古し続ける。思索し続けるとか。どうやって「おりる」か。 まあ、何かしら考えないといけない。日々いろんなことを思います。
___ 
とは言え全てを諦める訳にはいかないし、また、諦めた時点から再開出来る環境を作れればと思っています。諦めた所で、潜在的なお客さんが減る訳でもないですしね。今前に進もうとしている演劇人も、立ち止まろうとしている演劇人も同様に大切です。
三田村 
稽古も劇場公演も始めているところが出てきましたね。
___ 
稽古も劇場公演も全て新型コロナウイルス対策を徹底しないといけないですからね。共用部分への殺菌、物品の共有不可、人間距離、誘導などなど。大声を出すならマスクなんて、つまり大きな声での演技が出来ないということ。これまで許されていた事も影響を受けるでしょうね。
三田村 
こないだ映画館に行ったんですけど、ソーシャルディスタンス席はあれはあれでゆったり見れて良かったです。でも小劇場があの客席だったらいろいろ難しいなあ。基準もいっぱいある。こうなるとどんどん、劇場に来る習慣の無い人は来なくなって、内輪化、発表会化が進む訳であるし。あとはオンライン化にアジャスト出来るかどうかに掛かっていく。オンライン化するのかしないのか、それ以前にしたくてもできない人たちがきっといる。オンライン化できずに劇場公演しても動員が戻らないならペイが出来ない。劇場公演が困難になっていく。かといってオンライン化も出来ないなら、おおやけに表現したい人たちにとっては絶望的なビジョンしか見えなくなってもおかしくない。
___ 
これ以上悪いことにならないように頑張っていくしかないんですよね。安全なイメージを打ち立てるためにも。

もう一度

三田村 
こういう状況だからこそ、新しいものを作ろうというパワフルな、天才的な人もいれば、そうはならない人も居るわけで。今は、パワフルな人に大きなチャンスがある時期なんだと思いますし、皆応援します。ただそんな人が全てではないし、弱い人もたくさんいるし、僕も含めて、文化芸術はなんとなく好きでやってたり、好きで観てくれたりするたくさんの普通の生活してる人たちがいるから成り立ってると思う。弱ってしまったひとや、そういった人たちが完全に離れていかないためにどうすればいいか、とか。 あと、これからいろいろなことが変わっていく、無くなっていくのかなと。手紙がメールからSNSになる、レコードがCDになってサブスクになるところまではいかなくとも、舞台芸術にとって時代の転換期にいる感じはしてます。
___ 
半年後に全部が復旧したとして。戻ってくる人がもう一度始められやすい環境にしたいですね。
三田村 
SNSに関する事でも、騒ぎになってしまう人もいたし。なんだか色々なものが露わになってしまった時期。演劇って何なんだろう、何のためにやるんだろう、なんでやるんだろうって立場やキャリア関係なくみんな改めて内省したと思うし、自分も含めてみんなの思想が見えた時期。

努力クラブ「涼しい。」

___ 
私が最後に三田村さんを拝見したのは努力クラブの「涼しい。」でした。空気中に主体のない諍いの匂いが蔓延していて、居心地が悪かったですね。人々がポジションを押しつけあう様子に、柔らかな暴力があった。男女のみならず女友達間でもそういう摩擦やすれ違いがあって、これまでの努力クラブの乾いた空気とは違う湿ったものがあったように思っています。三田村さんとしてはどのようなご経験でしたか?
三田村 
努力クラブの作品はいつも興味深く拝見していて。僕も全ての劇作家を知っているわけじゃないけど、あんな独特なダイアローグを書けるのは関西では合田さんくらいじゃないかな。なんでこんな風に人間の一瞬の心の機微を書けるんだろう、と。一観客としても好きですけど、彼の台詞は実際声に出してやりたくなる。勉強になります。
___ 
三田村さんの演じられた、女子高生を買うおじさんの下心がしんどかったですね。相手をモノとしてしか見ていないんですけれどもそれが悟られないように振る舞い続ける男性。
三田村 
どんどん相手に対する意識が重たくなっていった感触があって、それが良い効果だったのか、どうだったのか。相手役のにさわさんに「ほんまに怖いです」と言われてしまいました。もうちょっとチャーミングにやりたいんですけどね。僕は。
___ 
良いと思います。最後には殺されますし。
三田村 
そもそも殺される役、死んでる役が多いんですよ僕は。「涼しい。」ではカットされたシーンがあって、おじさんが「この子になら殺されてもいい」ってなっちゃうんですよ。僕の気持ちをみんな汲み取ってくれるのかもしれませんね。
___ 
そういう願望があるんですね。
三田村 
どうせ殺されるという選択肢しかないなら、可愛い子に殺されたいという。あっ、この発言はアウトかもしれない。
___ 
それはもうみんなそう思ってますよ。
三田村 
なんの話してんねん。
___ 
でも大切な事だと思いますよ。誰かを可愛いと思えるのはとても重要ですよ。
三田村 
ああ、合田さんの台本にも「可愛い」て誰かに言う台詞がたくさん出てくるんですよ。自分があんまり人に言わないから、だからちょっと楽しいですね。
努力クラブのやろうとおもってなかったけどやりたくなったのでやります公演「涼しい。」

作・演出=合田団地 【出演者】 にさわまほ (安住の地) 三村るな (コトリ会議/小骨座) 三鬼春奈 (gallop) 御厨亮 藤村弘二 太郎(3) (劇団〈未定〉) 三田村啓示 ★あらすじ 寒い。 どうして私はここにいるんだろう。予定では、二、三日で帰るつもりだったのに。みんなが心配してるところにひょっこりと。 日常の中にどうすることもできない窮屈さがあってそれから逃げ出すために、あと興味もあったから。本当は窮屈さなんて感じてなかったかもしれない。興味があるという理由だけで家出してみる罪悪感を誤魔化すために窮屈さを覚えようとしているのかもしれない。 寒い。真冬の夜だから寒い。当たり前だ。どうして私はここにいるんだろう。帰れなくなった原因を考えるのも、これからのことを考えるのも、寒くてできない。寒いくらいしか考えられない。寒い。寒い。むかつく。寒い。 時間はないけど、思い付いたし、絶対面白くなるだろうから、可能ならやりたいって制作の築地さんに話したら、可能は可能だけれど、という感じだったのでやることにしました。家出の話をやります。 公演時期:2020/1/27~28。会場:UrBANGUILD

したため「擬娩」

___ 
したため「擬娩」もお疲れさまでした。
三田村 
もう遠い昔のようですね。
___ 
いえいえ、まだまだ半年ぐらいですから。「擬娩」は人の体に新しく命が宿る妊娠について、これまでリアルには考えていなかったんだなあと。妊娠してその準備をするところから始まり、どう生むのかをシミュレーションする中で、お腹の中の子との会話が仮定の上で生まれる。少しずつ幻想的な演劇的な空間が生まれてくるのが不思議でした。どんな流れで製作をしておられたのでしょうか。
三田村 
ざっくりいうと、あるテキストがあって、それを元に創っていくというのではなく、妊娠と出産、それから擬娩という習俗に関する情報を調べてみんなでシェアしたり、実際に出産を経験した人にお話をお願いしてみんなで聞いたりして、それを元にワークショップ的に試演をしていって、編集し繋いでいくというものでした。 何だろう、妊娠と出産の話を通して、手に負えないくらい本当にいろんなことを考えました。改めて、男性と女性は違うものなんだなということを認識しました。ネガティブな意味ではなく。だからこそそれぞれの文化というものがあるし。僕は女の人のことを全く知らなかった。あと当たり前ですけど妊娠・出産をシミュレートしても、僕は女性にはなれない。そのポジションはどこか辛くもあり、楽しくもありました。
___ 
絶対になれないからこそ?
三田村 
安住せず、毎回博打をうつみたいな。産めませんで終わらずに産むつもりで行くみたいな。とても貴重な経験でした。こういう形のクリエイションも初めての経験でしたし、本当に座組みんなで創った作品です。
___ 
実際、今までにないテーマですからね。
三田村 
つわりのシーンで体調が悪くなって途中退出されたお客さんもいたそうで。当たり前ですけど、この作品に限らず、表現って誰かを傷つける可能性があるんですよね。そういうことを改めて認識する公演でもありました。
したため#7『擬娩』

わたしは妊娠したことがありません。したことがないので、できるのかもわかりません。わたしは妊娠にあこがれているのかもしれないし、妊娠を恐れているのかもしれない。真剣に考えることをのらくら避けてきた末に焦りにがんじがらめになってしまって、しかしその時ひらめいたのが、妊娠と出産のリハーサルでした。妊娠したことがない人間が妊娠をリハーサルするなら、女だけじゃなくて男も一緒にリハーサルしてみよう。そんなことを考えていたら、「擬娩」という人類学の用語に行き着きました。妊娠を演じるというアイデアは、人類の古くからの知恵だった! 驚くと同時に腑に落ちました。妊娠を演じることは、わたしひとりが考えていたよりもはるかに人間に必要で、そしてそれはまさしく今なのだと。 したため 和田ながら 公演情報 京都公演 [ THEATRE E9 KYOTO オープニングプログラム ] 日程|2019年12月 6日(金)19:30 7日(土)14:00*1 / 19:00*2 8日(日)14:00*3 / 19:00*4 9日(月)14:00*5 *受付開始は開演の30分前 ポスト・パフォーマンス・トーク ゲスト *1 櫻井拓(編集者) *2 林葵衣(美術家/本作舞台美術担当) *3 弓井茉那(BEBERICA theatre company代表・演出/俳優) *4 本作出演者 *5 「感想シェア会」 作品を見て感じたこと・考えたことを、 同じ作品を観た人同士でシェアしてみる試みです。 詳細は⇒ http://kyoto-pa.org/ 主催|NPO法人京都舞台芸術協会 会場| THEATRE E9 KYOTO (〒601-8013 京都市南区東九条南河原町9-1) *JR「京都」八条口から徒歩約14分 *京阪本線・JR「東福寺」から徒歩7分 *京都市営地下鉄「九条」から徒歩11分 沖縄公演 [ アトリエ銘苅ベース提携カンパニー公演 ] 日程|2019年12月 13日(金)20:00 14日(土)19:00 15日(日)14:00 *受付開始は開演の30分前 会場| アトリエ銘苅ベース(〒900-0004 沖縄県那覇市字銘苅203番地) *ゆいレール「古島」から徒歩8分 チケット料金| 一般前売 2,700円 25歳以下前売 2,000円 高校生以下 1,000円 *日時指定・全席自由 *当日券はいずれも+500円 *25歳以下チケット・高校生以下チケットの方は当日の受付にて証明できるものをご提示ください。

___ 
ZOOM演劇にリアリティが立ち上がらないのは、主導権が観客側にあるからじゃないかなと少し思っていて。どこまでも、観客側の方に中断もしくは再生の自由が握られてしまっているんですよね。もし主催者側に観客をリアルタイムに評価し選別するシステムがあれば何か違うのかもしれないなとふと思ったんです。何かしらの力、暴力と言っても良いんですが、それが発生する仕組みに劇を感じるんです。
三田村 
確かにオンラインはすぐにお客さんは離脱できる。リアルでもできるけど、コストがかかるかな。最近もそういうことを知人と喋っていて。リアルの演劇では、例えば上演中にいきなりお客さんが舞台上に上がってきて文句を言い始めたり、妨害するような事件が起こる可能性を完全に防ぐことは出来ない、そんな危険性が、今やどこか懐かしいんですよ。もしかしたらあれが、演劇の魅力の核なんじゃないか。そんな緊張感を懐かしいと思えてしまったとき、複雑な気持ちになりました。ZOOM演劇だったらハッキングになるのかな。
___ 
わかります。懐かしさ伝わってきます。
三田村 
不謹慎な話ではありますけれども。演劇がある種の危険性の中にあることを思い出しました。劇場の客席のあのどきどきするような感じって何なんだろう。みんな当たり前のように客席におとなしく座って観てるけど、別に事前にみんなで顔つき合わせて約束や契約したわけじゃなくて、皆が無意識にルールを守るんだっていう、お互いのなんとなくの了解の元にしか成り立ってない危うさも実はあって、そこから生まれる緊張がもしかしたら演劇、ライブそのものを担保しているのかもしれない。 あと、どんな演劇でも映像になると、やっぱり平面になるんですよ。これはゴダールか誰かが言ってたと思うんですけど、映像はその平面性において演劇というより絵画の末裔だと。だから、単に「撮影された演劇」ではなく、演劇が演劇のまま、映像としても在るのはそもそも難しいと思うんですよね。映像作品には映像作品固有の言語みたいなものがある。そんなに数は観てないんですけど、演劇の配信を観ていて個人的に惹かれるのは、やっぱり映像作品として自律しているものなんです。まあ、そのあたりをうまく包括して射抜くようなもの…演劇を演劇たらしめている何かがありつつ、かつ映像でもあるものを創ろう、という模索が今始まってる感じがします。

どうして舞台に出なくてはならないのか

___ 
舞台上にいる俳優にも様々な力が働きかけているものだと思います。その上で立っている人の姿を、出来れば劇場で見たいんですよね。
___ 
前回インタビューさせていただきました、劇団速度の瀬戸沙門さんから質問です。「今までで一番印象に残っている事はなんですか?」
三田村 
人に見られるって果たしてどういう事なんだろうなと思っていて。演劇によっては見せないようにするものもあるけれど。
三田村 
でかい質問ですね。えっ、この世界が存在している事じゃないですか。いや何言ってんねん、でも印象に残っているのはそれでしょうね。
___ 
積極的に見せにいかない演劇も確かにありますね。
三田村 
見られるのがそんなに好きじゃないんですよ。何かを強く打ち出すのもそんなに向いてない。なんで役者やってるのかも分からないぐらいで。時々、舞台袖で待機しているときに「何故わざわざ舞台に出て人に見られなくてはならないんだろう」とか考えてしまって。ここで出て行かなかったらどうなるんだろうと色々想像して、ああこれはやっぱり出ていかなあかんなあとなって出て行く。もちろん毎回じゃないですよ。見られたい訳でも見せたい訳でもない。凄い人はただそこにいるだけで成立する。もちろん、見られて気持ち良い時もいっぱいありますよ。
___ 
良かったですね。
三田村 
良かったです、けど、見られるとか見せるというのは要るんだろうか。僕はサービス精神もあんまりないし。
___ 
いえいえ。
三田村 
誰か俺を見てる人っているのか?まあでもそれを自分で言うのは寒いですよね。そんなこと言われてもねえ。

『わたしじゃない』

___ 
木村悠介さん演出作品「わたしじゃない」(作:サミュエル・ベケット)、大変面白かったです。もう一度見たいですね。
三田村 
ありがとうございます。もう一年位前か。これもまたやりたいです。
___ 
口唇が上下左右逆にスクリーンに投影されていて、さらに光をそのまま使うから全てが連続している光景の不思議さ。エロティックなものはないですが、上演が始まった時から光景と観客の視線が溶け合っているような感覚がありました。が、テキストが運んでいく景色の流れにともないだんだんと分離していく感触がありました。解放感と安心感がそこにはあった。三田村さん版はどこか、女性的な印象があったように思います。
三田村 
昨年のは再演になります。僕は初演からのメンバーですが、初演は合流が遅かったので覚えるので精いっぱい。再演も覚え直しから結構時間が必要でした。覚えにくいし話の脈絡もないし、自分がどこにいるか分からない状態になる。でも演出の木村さんとテキストを信じて、乗っかっていけばよいと。テキストに力があるから、そこに自分を委ねていくと、勝手に遠いところへ連れて行ってくれる。これも初めての体験でした。 思えば、高橋さんにもご覧いただいた、昨年京都で関わった3作品は全てとてもよい経験になりました。木村さんも和田さんも合田さんも、いい距離感できちんと俳優を観ている。演出家に恵まれました。彼らに限らず、出会いに恵まれただけで今までやってこれた気がしますし、これからも出会いたい。僕は特に何もやってない。これまで関わったすべての人たちに感謝してます。
___ 
信じるという事。たとえばテキストを信じる時、邪魔なものがあるとしたらそれは何ですか?
三田村 
僕です。消し去りたいです。
サミュエル・ベケット『わたしじゃない』

暗闇の中に浮かび上がる「口」が「彼女」と呼ばれる何者かの物語を語り続ける、ベケット後期戯曲の問題作『わたしじゃない』。演出・翻訳の木村悠介が独自に発見した技術「Boxless Camera Obsucura」を使い“物語を引き受ける〈私〉などこの世に存在するのだろうか?”という普遍的な問いを浮かび上がらせます。さらにその視線の先には劇作家ベケットとは異なる言葉の感覚を宿す《散文のベケット》を見据えます。初演に引き続き出演は伊藤彩里、増田美佳、三田村啓示、そして新たに神嶋知がベケットの原文(英語)で出演。4名の異なる存在感を持つキャストと共に深化した『わたしじゃない』を上演します。 作:サミュエル・ベケット 翻訳・演出:木村悠介 出演:伊藤彩里 神嶋知 増田美佳 三田村啓示 舞台監督:脇田友(スピカ) 制作補佐:桐澤千晶 上演許可取得代理:フランス著作権事務所 助成:全国税理士共栄会文化財団 主催:木村悠介 全回字幕なし No subtitle for all performances 上演台本 貸出可 (日・英・仏 / 要事前申込) The English/French/Japanese script can be borrowed (Need to apply in advance) 受付開始・開場は開演の20分前 上演時間=約50分 * = 終演後、アーティスト・トーク開催 ゲスト 内野儀(批評家) 吉田恭大(歌人) 蜂巣もも(グループ・野原 / 青年団演出部) 筒井潤(演出家 / dracom) 山口惠子(俳優 / BRDG) 【料金】(前売・当日共) Fee 一般 Normal / 2500yen   学生&U25 Students & U25 / 2000yen ※2回目以降のご観劇 Repeater / 1500yen 小学生以下、介助・介護者等の付添人: 無料

___ 
三田村さんは、いつから演劇を始められたんですか?
三田村 
大学生から始めました。あれから20年経ちます。恐ろしいですね。こんなことになるとは思わなかった。世の中も。なんでこんなことやってるんですかねえ。別にやる気ないわけじゃないです。世界に参加する唯一の方法になった。
___ 
これまでの役柄で一番演技の作りがいがあったのは?
三田村 
うーん…あんまり考えた事はないですね。近年特に。台本がある場合は勝手に導いてくれる。台本に任せたいと思っています。さぼってるみたいやけど笑
___ 
俳優の演技が時代と共に変わっているように思った事はありますか?
三田村 
演技というか、昔の映画をよく見るんですが、顔が変わったなと思いますね。一時期やくざ映画ばっかり見ていたんですが、この面で30歳かよみたいな。でもそれは僕が年を取って最近の俳優の顔が見分けがつかなくなっただけかもしれないし。
___ 
顔の質が変わったような気は確かにしますね。栄養状態はもちろん、時代によって俳優になろうとする層が顕著に変わったとか。
三田村 
日本人自体が変わったと思うんですけどね。最近の人みんな若い。この菅原文太、まだこんな年なん!?って思いますからね。いま老け役出来る人おんのかな。

サーカスコーヒーのアイスコーヒー

___ 
今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントを持って参りました。
三田村 
ありがとうございます。何ですかこれ。(開ける)どこのコーヒーですか。
___ 
サーカスコーヒーのアイスコーヒーです。
三田村 
カフェイン中毒なので。うれしいです。
(インタビュー終了)